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Channel: 民族学伝承ひろいあげ辞典
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列島誕生

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日本列島の誕生1~3

2~3動画はYoutube画面右側にあります。


列島誕生
1 アジア大陸の極東部からの離脱
ざっとした流れ
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もともと極東大陸東端にはやがて日本海になるべき亀裂があったが、ここが海溝の沈みこみによって太平洋の東へ東へと2000万年前から引っ張られていく。

多くの島塊が生まれ、やがてプレート運動で偶発的に集まってゆき、列島の原型核になった。石川県などの北陸が最古のものとなる。だから大陸の恐竜化石やヒスイがここに多いのだ。次が秋田や新潟、鳥取や島根や長崎と言った日本海の地域。

ざっとした流れ
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詳細な流れ
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2西日本と東日本島塊の合体
主に二説あるが、時計回りに西日本が回り、反時計回りに回る東日本と合体した説、プレートの移動で単純に東西がくっついた説のどっちがいいかいまだにわかっていない。筆者はインド亜大陸の衝突(4000万年前)ほどの規模の、なんらかの衝撃(マリアナ海溝巨大沈みこみ地震など)で、アムールプレートとフィリピンプレートが動いた結果ではないか?と推測できないかと思っている。つまり後者の方が確率は高いだろうと。回転してぴったり合体するのはかなり高度な精度が必要では?決めるには列島だけでなく、周辺の大変革も考え合わせないとわからないだろう。

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いずれにせよ東西島嶼の合体で、外洋に開いていた日本海が閉じ込められて生まれ、列島には東西合体の印であるフォッサマグナ(糸魚川ー静岡構造線)という地溝帯ができた。

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3付加体のくっつき
何度もの沈み込みのたびに、プレ-トの擦れ合いで海嶺という海中の山ができる。それは次第に大陸へ向って突き当たってくる。これを付加体と呼ぶ。

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海嶺は順次、原列島へ付加し、くさび状に列島地盤に潜り込むように刺さった。これを変成帯とも言う。だから日本列島には幾層もの、ミルフィーユのような変成帯が重なることになる。

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4阿蘇の隆起
九州島中央部で阿蘇カルデラが大噴火して隆起したであろう付加体が生まれる。

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いわゆる別府ー島原地溝帯の誕生である。
従って九州島は新旧大地の上下に切れ目がある。
それが中央構造線に連続しているため、南北方向にずれやすく、その影響で火山噴火も多い。縄文海進では、おそらく阿蘇山は海から見えるほど、内陸まで存在したことだろう。

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火砕流はこの別府ー島原構造線にそって多くが広がったようだ。
またアカホヤ・黒土で知られる姶良カルデラや阿蘇カルデラの火山灰は遠く相模まで飛んで降り積もった。これがAT(姶良丹沢)火山灰、Asoー4火山灰である。

沖積世の関東台地は赤土で有名だが、黒いところも多いのは、関東周辺の数多くの火山噴火で降り積もったアカホヤ赤土が、混入植物の腐食によって栄養豊富に変質したからで、もともとはすべて赤土が積もっているため、開発にはかなり時間がかかった。江戸時代にならないと稲作民族の住めない場所だった。


5伊豆半島の衝突
最後に伊豆半島が衝突した。
マリアナ諸島~小笠原諸島~伊豆諸島の、一連の海溝が作った海嶺火山諸島の北端にあった伊豆半島になる島の駿河湾への大衝突は、富士山などの地形を生み出した。

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この海嶺諸島は環太平洋火山環礁であり、ぐるりと太平洋を囲むリング・オブ・ファイアの、ハワイ島などと並ぶひとつの終点でもあり、日本列島のどてっぱら部に再び戻ってくる格好になって大地震の温床であり、相模トラフに直接の影響力を持つこといなっている。従ってこれら諸島の火山噴火のスリバーパワーは、永年、相模トラフに溜まっていくように思える。つまり三宅島や新島の噴火は、いずれは東海地震や関東地震の元となる。それは当然、千島や日本海溝やフィリピン・マリアナ海溝やニュージーランドの海溝での巨大地震のスリバーの貯蓄も影響するし、東北沖、はるかな南米での大地震のパワーも、富士山界隈に溜まっていることを考えておく必要性を生むだろう。すべてにリングは無関係ではなくつながっているのだから。



こうして現在の日本列島は成立したが、いまもなお、地球は動いている。なぜ動くのだろうか?その要因を次回やりますか?


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列島の東西で同じ色の石が出る謎はこれでわかるはず。
それらは変成岩だ。しかし変成のしかたにはいろいろある。
変成岩とは高温と煮沸地下水によってコアから融けたマグマが表面に噴出して冷えた純正基盤岩石の花崗岩や溶岩やかんらん石や玄武岩が、またマグマで融けて、交じり合って冷えたものだ。石英や長石や鉄や石炭やなどが風発的に巻き込まれて、貴重な宝石も生み出した岩石だ。だから地域によってさまざまな色の石になったり、大理石になったりする。何百種類もの名前のあるのが変成岩だ。




参考文献
日本地質学会『はじめての地質学』
『写真と図で見る日本の地質』
柴山元彦『3D地形図で歩く日本の活断層』
など

参考画像


など


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書き忘れ
中央構造線ができたわけ
ジュラ紀の末から白亜紀の初め(約1億4千万-1億年前)、日本列島の元となる大地はまだアジア大陸の東の縁であり、そこに中央構造線の原型となる断層の横ずれ運動が起こった[13]。横ずれ運動はイザナギプレートユーラシアプレートに対してほぼ平行に北上したために起こり[13][14]、より南にあった北海道西部・東北日本・西南日本外帯に当たる部分が北上した[13]。この運動により、それまで離れて存在していた領家変成帯と三波川変成帯が大きくずれ動いて接するようになった[6]。この時形成されたのは古期中央構造線[15](古中央構造線[16]、古MTL[16]とも)と呼ばれている。また、この断層運動の時期は鹿塩時階[注釈 2]と呼ばれており[3][4]、白亜紀中期にあたると考えられている[3]。領家変成帯に属する岩石は衝上断層によって南側に移動し、三波川変成帯に属する岩石に乗り上げた[3]。断層の角度は極めて低く[15]、水平に近かったとも考えられている[16][注釈 3]。」 Wiki中央構造線・形成より


ちなみに日本の最古層である北陸の地層は白亜紀のものらしい。恐竜化石があって当然だね。

















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