日本の神には古来、荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)という二律背反概念があった。荒魂はすなわち祟り神(たたりがみ)でもある。
これは自然のなりわいとまったく同じ概念・・・と申すか、日本の神はまさに自然神だということである。
自然とは、宇宙、地球のなりわいで、天象である。今で言えば自然現象。地球環境である。自然はときにおだやかで、ときに荒々しい。それがそのまま神の和魂と荒魂のことである。
やがて和魂には幸魂(さちみたま)と奇魂(くしみたま)概念が加えられた。
「幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。
奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きであり、知識才略、学問、技術を表す。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。」Wiki荒魂・和魂
神社によりそれらが独立して祭神となるところもあり、別宮として同じ社域に存在するところもある。いずれにせよ同じ神の裏表の姿をそれぞれ祭ってある。伊勢で言うならば和魂は内宮皇太神宮本宮であり、荒魂は荒祭宮である。外宮の豊受大神宮は和魂で、荒魂は多賀宮である。そして豊受は内宮の幸魂=豊なのでもある。
原始、単純に二つであった神の概念が、その後、政治的諸事情から複雑化したということである。人間の生活が複雑化したためである。そのほとんどは貴族社会での、勢力争いからであることは言うまでもなかろう。神概念とは、そもそもは自然の摂理そのものから写し取ったものでしかなく、縄文的な原始信仰的観念でよかった。しかし豪族たちが集まって中央集権へと変化しようとすると、必ず政治的な対立や軋轢、そこから暗殺やいくさが起こり、結果として絶対に片方は敗北して追いやられる。当然のことである。すると敗北者=荒魂=祟り神となって、祭らねば荒魂となって仕返しする=祟るので、人間もまた神とした時代がある。歴史上の敗者・・・聖徳太子しかり、蘇我本家一族しかり、河内物部本家しかり、祟徳院しかり、早良親王しかり、菅原道真しかり、源義経しかり、平家しかり、源氏白旗神しかり、豊臣秀吉しかりである。すべてのちに荒魂として祭られている。祟らぬようにである。つまり政治的になのである。
原始、荒魂は災害神(褻 け)、和魂は太陽神(晴 はれ)だけでよかった。旧石器時代・新石器時代まではそれで済んだ。つまり神が単なる自然現象だったからである。そかし金属器時代のはじまりは産業、経済、政治つまり集権国家の始まりであり、そこに人間たちの権力闘争が出現したために、自然現象は人間の性格やしうち・なりわいをも現すこととなる。神が自然現象から、人間性をも現す象徴となった。これはいわば比喩である。最初は先住民の王、やがて政治的に都合の悪い敵対勢力が、負けると絶対に祟るから(迷信)、祭り上げねばならなかった。伊勢も出雲もそうなのである。伊勢などは、持統天皇がモデルであるから、あとから持統そのものが封じ込められたはずである。二度と現れぬように。出雲には蘇我氏が封じ込められている。四天王寺は前身が神社で、物部守屋が封じ込められいる。宮中には大物主が封じられた。そしてそれらの和魂もまた、ほかの場所に置かれている。出身氏族がその晴れの部分を祭るのである。朝鮮半島から来た神々は、右代表で宇佐八幡神として封じ込めてある。すべからく裏と表が神にはある。裏側は鬼である。
神社に参詣するなら、その両方の魂を祭らねばならない。片方だけではいけない。つまりハレの神の裏側にある荒魂の歴史を知ってから参るべきである。そうでなければ片手落ちになり、きっといつか祟られてしまうだろう。挫折とか失敗とかいう形で。
・・・とおばかはすぐ信じ込む。
そんなことはないから安心なされよ。失敗や挫折はあんた自身のせいだから。