ディベロップメント(development)
1 発展。進展。
2 土地や住宅などの開発、造成。
3 ソフトウエアなどの開発、製作。
考古学、人間行動論理で機能的発達のこと。
松木武彦によれば、石器や土器や利器など、太古・古代人の道具の進化は、まず最初は個人的な機能を重視したところから始まるという。
道具は使う者にとって使いやすさという機能の追及に始まり、そこにはまだ社会性はない。
エラボレーション (elaboration)
1入念に作られること
2精巧・綿密に作られること
3推敲・詳細・労作
4凝った作り
5生理同化
松木はこれを、認知的誘因性付加とする。
簡単に言えば社会性が加わった巧みな仕上げである。
他者との交換によるデザインの意識化、自己主張ということになる。
いわゆる人類進化上で、自意識・・・シグナリング・マーキングとして作品にきわだった個性が加えられはじめた。その転換の画期は、その地域によそから別の集団、部族がやってくることから始まるというのである。
尋常でない凝った意匠の尖頭器・http://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201011030000/
最古の石器?ケニヤのトゥルカナ湖付 330万年前!ホモサピエンス登場の270万年前、アウストラロピテクスがすでに石器を!?http://karapaia.livedoor.biz/archives/52191132.html
人類学でエラボレーション性が加味された石器がはじめて登場するのはなんと約40万年前。ホモ・ハイデルベルゲンシス(ネアンデルタール人の祖先)が作った精製握斧(せいせい・あくふ)で初見され、ホモ・サピエンスの後半期に飛躍的に発展した(安斎正人『考古学がいま語れること 日本人とは何か』2010)。
すべての人工物の進化を、松木はこの二つの用語で解説した。
特に旧石器人の道具へのこだわりが始まる時期、それは環境としては小寒冷期が始まって少し経った頃、北から南下してきた人々の出会いや緊張を契機として、それまで個人や集団内部だけで使われたり、はやってきた石器斧や鏃や包丁のデザインは、まだ個人的な機能を追及するだけでよかったが、他者との相克・軋轢、時には戦いが起こると、よりいっそうの使い安さ、鋭利であることが重要になる。さらに、集団同士が争いを乗り越えて物々交換が始まると、今度はこの石器はなになに族の誰が作った(ブランド化)が重視され始める。そこで必然的にデザインへの懲りが生まれたというわけである。
縄文の火焔土器の、あの使いにくい複雑な凝りに凝った意匠も、そういう気候変動による新たな種族の出会いが契機であろう。気象環境がいかに人を変えるかである。そこから社会性、交流、戦争、文化・・・すべての社会事象・行動が変化した。
石器は可視性を一気に向上させ、製作者自身をデザイナーへと変身させた。それは一時的な温暖化を迎えた頃には一大ブーム、エボリューションヲ引き起こす。デザインはどんどん過剰になる。行き着いたのが小温暖期の甲信越地域で爆発した火焔土器であるとなる。
石器だけで言えば、打製から磨製へ。左右対称美の追求。機能美の追求。素材の遠隔地への遠征による入手とそれによる交流。黒曜石、白曜石、ヒスイなどの登場が起こる。石材と交換することによって違う情報も触れ合う。つまり交易が開始される。
さらに女性的概念であるはずの顔料による色彩が道具に付加され始める。最初男性は素材そのものの色をそのまま使っていたのが、色を作り出して塗るようになる。色彩のある素材は猿人がすでにオーカー(酸化鉄)素材として黄色や赤の粘土質の石などを使っているが、そこにホモサピエンスのようなエラボレーションの意識があったかどうかはまだ証明できていない。
南ア・ブロンボス洞窟の最古のデザイン?オーカー片 7万7000年前。
ラスコー壁画が3万5000年前。果たしてデザインなのか、単なる児戯か?判断は難しい。素材は黄色酸化鉄を含む粘土石。http://www.nararika.com/butsuri/news/020111moyou.htm
色彩は常識では、当初は人類は白黒にしか興味がない(9万年前のイスラエル・カフゼー洞窟発見の酸化鉄着色があるが、ネアンデルタール以前の人類のもので、本当に意識した着色かどうかは不明。画像もない。またネアンデルタール人の遺骨に赤色オーカー粉末がかけられていたが、これはネアンデルタール人内の進化であってホモサピエンスの進化とは別)。それは色彩というよりも明暗による対象物の陰影であり、くっきりとした違いを表現する色である。白黒の対照が道具をより美しく、どこに巧み、苦労があるかがわかりやすくなる。黒曜石やヒスイは、だから黒一色をいかに削って白を際立たせるかや、最初からマーブル状に白が混ざるものが貴重品になっていく。
次に血の色である赤が採用される。生命力の色である。
さらに植物の繰り返す再生を表す緑色(黄色)が加わる。
やがて貝から取れる紫。ピンクへ。
空の色である青は遅いようだ。ラスコー壁画に青や緑が使われていないことについて、青は人類にとってもっとも疎遠な色だったという意見もある。しかしそれは空を見上げればいつもそこにあり、遅かったのは自然界に青や緑を抽出できる天然素材が少ないせいであろう。
東北の縄文時代の列石や墓やサークルに緑色が多いのは、近くに緑泥質の岩場があったからであるが、総じて縄文人には緑色にあこがれる性向があったようだ。それは時代を通じて各地で共通し、なぜか弥生、古墳から中世・近世までも墓や石碑に緑泥片岩や青石は使われ続ける。弥生時代に墓に赤を塗る風習が西から広まってもそれは継続する。もちろん環状列石の縄文人にも朱を塗る風習がなかったわけではない。それは再生の色だからだ。ただしそれは弥生のような水銀朱ではなく、ベンガラなどの酸化鉄顔料を使っていることが多い。
酸化鉄にはいろいろな生成過程がある。そもそも酸化鉄とは地球史において大量の水が地球自身の成分に含まれていた水分の流出によって水が生まれ、地球鳴動のさなかに高温で蒸散した酸素が作られた大イベントで作り出された鉄(酸化鉄・水酸化鉄など)を大量に含む土壌。水がなければ鉄は生まれなかった。「岩石(ケイ酸塩と金属)主体の塵(ダスト)から微惑星がつくられているので、地球も岩石とガスでできていた。」「微惑星が原始地球に衝突するとその衝撃で加熱され、微惑星や原始地球の鉱物の内部に取り込んでいたH2Oをはじめとする揮発成分(気体になりやすい成分)が吐き出される(脱ガスする)ことになる。そのときの組成はどのようなものであろうか。ここでマグマオーシャンが大きな役割を果たすことになる。」
オーカーは酸化鉄。リモナイト(褐鉄鉱)、ヘモナイト(赤鉄鉱)、磁鉄鉱(マグネタイト)、 ウスタイト、磁赤鉄鉱(マグヘマイト)などがある。
次回、色彩についてもっと。
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