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特集7 邪馬台国決定の邪魔になる「伝世」

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考古学資料で一番困るものは「伝世品」である。
何世代か経った後に埋蔵されるものは、いったいどの時代の製造品に指定すればいいのか、常に意見が分かれる。
 
 
中でも鉄製品は腐食もはげしく、年代扱いでは難しい。
 
しかし紀年銘文が入った伝世品は、ある程度その製作した年代が想像可能である。
 
日本でこれまで出土している鉄剣で、象嵌銘文のある鉄剣はいくつかあるが、中でも紀年銘文が彫ってあり、その象嵌が純金製であるものは一本しかない。それが奈良県天理市和邇地区にある東大寺山古墳出土の冠頭太刀である。
 
これに「中平年号」が刻まれていた。
「中平」というのは後漢の霊帝の年号である。
それは魏志邪馬台国の言っている「桓霊の頃倭国大いに乱れる」に合致する。
現在、考古学的遺物で、この太刀の銘文に匹敵するような邪馬台国同時代の鉄剣は存在しない。
 
東大寺山古墳は、製造年代推定4世紀とされる。
だから三世紀の邪馬台国の時代に最も近い、日本最古の鉄剣でもある。
 
この紀年銘文以上にに古いものを持つ鉄剣遺物は、今のところ日本には出ていない。最古の紀年象嵌入り鉄剣が東大寺山鉄剣である。
 
大和より圧倒的に古い九州でも、このような170年前後の銘文が入った鉄剣も、これ以上古い時代に造られた鉄剣も、まだ出ていない。
だから、「今のところ」、日本列島で邪馬台国に比定できる場所は天理市や奈良盆地しかない、と言っても過言ではない。
 
 
 
今後の考古学的発掘によって、いったい、どこでどのような画期的遺物が出るか、それは誰にもわからない。
 
正直なところ、発掘次第では、すべてがいつでも逆転する可能性はいくらでもある。だから今「邪馬台国はここだった」とは誰にも言えるはずはないのだ。
 
いえるとすれば予言的推測だけである。
 
 
 
そのようなことよりも、「どこにあるんだ?おまえは言えないのだからダメ研究者だ」というおばかなやからが記事をネットにあげて、それをもっとおばかで、研究書さえまともに読んでいないやからが、学者も研究者も×だとしてしまうことが、最も最悪の歴史学テロだということである。
 
 
わからないと言うことを「ばかやろう」「無能」と決め付けてしまう、そんな馬鹿がよほど研究の邪魔をしている、ということである。
 
結論をあえて言うならば、今の段階では、邪馬台国の際有力地はやはり纒向しかない。
それを覆す努力をしなければならないのはひとり発掘者である。彼らの仕儀がいかに大事で地道であるかは、今後も変わらない。しかし彼らが発掘した遺物を正統な歴史の位置に置けるかどうかは、ぼくたちしろうと在野研究者の「見る目」にもかかってくる。筆者も正しい審美眼を持っていない。それは今後、諸氏が深く学び決定することがらである。
 
 
 
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