Quantcast
Channel: 民族学伝承ひろいあげ辞典
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1881

横山裕道『気候の暴走』/人類こそが地上最悪のゴジラ

$
0
0

この夏~秋、日本列島は多大な大災害で大揺れした。
これを横山裕道は『気候の暴走 地球温暖化が招く過酷な未来』で、多大な過去災害の分析結果を引きながら将来の「過酷な未来」を予測している。

イメージ 1
花伝社 2016年8月出版

恐竜絶滅からネアンデルタール人がみまわれた災害など、太古の出来事にまで言及し、さらに現代の各国のむなしき努力と絶望を訴える。そして最後に今後の課題とかすかな希望で締めくくっている。

希望だけ簡潔に述べるなら、まずは炭素燃料からの脱却と、脱炭素性エネルギー開発の国家的トライアル、そして今からでも遅くない子供たちへの温暖化教育だとする。


筆者Kawakatuは今の地殻激動化時代のきっかけこそが、19~20世紀の化石燃料大量消費社会であり、そのために人類は安定生活や豪華な食事を日常に持てるようになった反面、見えない地下や海中やオゾン層のような宇宙での変動には、いっさい気付かずにやってきてしまった。これは因果応報であろう。

だからこれからは、父たちまでがやってきた化石燃料・・・炭素燃料に完全に代わる(原発でもない)新たな燃料を早々に発見する科学者の努力に未来はゆだねられている。できるだけ早くそうした「生まれたときから温暖地球に生まれた子供たち」に温暖化までの因果応報を教え込み、それに立ち向かう理念と正義を植え込む必要があるのだろう。

子供たちの科学性にそれはかかっている。




短期的に見れば、平成時代になって以後、あるいは21世紀に入ってからのここ数十年の地球の変動は、まさにこの10数年になっていよいよはっきりとしっぺ返しを明確化してきた、実働を始めたと見える。


九州の熊本などの構造線鳴動や大型台風大量発生などは、まさにそれであろう。

イメージ 2


それが筆者には日本列島怪獣大集合に見えてしまうのである。




これはあさっての予報天気図だが、
イメージ 3

日本南部にすでに次の台風が生まれることになっている。

近年だけを振り返ると、台風はむしろその発生数を減らし、ひとつひとつがスーパー台風への道をたどっていたが、今年はラ・ニーニャのせいもあってかその数を増やす傾向にある。このラ・ニーニャ、エル・ニーニョの交代頻度、間隔が詰まってきたように感じる。それはまさしく地球温暖化が末期的になったことをあらわす。

この秋、涼しくなるべき気候が、涼しくしようとする大陸高気圧と、大量発生する台風つまり暑い南の海の暖気とでないまぜになった状況が見えている。その舞台が日本列島で最も顕著に見られる。

つまり地球は二つの狭間で大いに悩んでいるのだ。
このはじめての体験である、自分自身の不条理で摂理に反する行動に迷ってしまっている。宇宙もその影響を受ける。正常ではなくなった宇宙摂理は何をしでかすかわからない。そうなっていっていると言ってもかまうまい。


すでに欧米科学者の一部で、人類は近々滅亡するという展望が出始めた。もちろん数万年単位、数千年単位のラジカルな話である。しかし、こうした「風評」は、もういくらでてきてもむしろ将来の子供たちが温暖化への留意とか対策を考え始めるには少しも早過ぎないし、また汚染察知や原発危険性に関してなど、災害・災厄・土壌汚染などの直接的影響の前では、いくら大げさに騒いでも、やりすぎとはならない。危険性を世間に隠そうとしてきたこれまでの20世紀親父(筆者世代も含めて)のやりかたでは、地球のこの悩みは納まらなくなったと言えるだろう。

豊洲土壌隠蔽のようなことは、いまやまさしく地球の敵。怪獣たちを呼び寄せる大元なのだということなのだ。


もうひとつのブログKawakatuワールドでこのような記事を書いた。



「記紀神話に描かれるスサノヲとヤマタノオロチの戦いは、ある災害をおさめようとしたスサノヲこそが災害王=自然神だと言っている。オロチという河川災害をスサノヲが治水を以って平伏させるのであるが、一見それで世界は平穏になったかに見えて、オロチの尾からスサノヲが発見するのは「果てしないいくさ」の象徴である天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ=草薙剣)である。これはまさに治水に伴って上流の山脈にあった鉱脈が土砂災害によって流出し、露頭となって地上に出た。それを使って王権=スサノヲは新たな武器を手に入れた。すると世界中に人間による災厄=戦争が蔓延し始めるという警告ではあるまいか?


長期的な連動型地震の渦中にある熊本・阿蘇・大分西部地域。
鳴動し続ける構造線に刺激され、ついに阿蘇山はスサノヲとなってこれを収めようと立ち上がったのだろうか?


地震に終焉を告げる最後の花火となるのか?それとも新たな災害のきっかけとなるのか?

南太平洋で再び大型台風が生まれつつある。


ぼくには、まるでゴジラ=阿蘇山噴火・モスラ=台風・キングギドラ=地震の怪獣大決戦に見えてしまう。災害の大パノラマになってきた。実に雄大な変動期である。」









人類こそがゴジラである。

イメージ 4
守護神ゴジラは実は破壊王。目前の短期的目標を倒すのみ。
しかしその戦いは現実の日本を破壊しつくし、汚染しつくし、ところが目標である災害、地震、台風は再び復活する。永遠の大戦が繰り返されるだけ。何一つ明日への展望は見出されぬまま映画はいつも終わる。ゴジラはスサノヲ。災害を収める災害神である。鬼を殺すものはやはり鬼なのだ。人類が滅亡するまで戦いは終わらない。すなわち人類こそがゴジラなのだ。








歴史愛好家たちの中には、日本列島は永遠に神によって護られた世界最高の土地だとする妄想家たちがいる。

それはまさに映画ならゴジラ、神話ならスサノヲのような守護神がいると言っているのと同じで、まったく現状に耳を伏せ、目を閉じようとするおろかな考えである。おたく的な現実逃避がそこにはある。


同じく、そうした人々は、日本人も当然最高の人種であり、周囲の国家の人々のすべては無知な下等動物であり、あるいは縄文人とは下等な、米を(栽培植物を)食わなかった時代の類人猿だとすら言い、民族主義という自分たちこそが不勉強で無知な存在であることをひっくりかえそうとしている。

ネアンデルタールやデニソワ人や縄文人の血脈こそは、ひよわな新人現生日本人にサバイバルを乗り越える原始ならではの気力や体力を引き継いでくれた先祖人類だという視点を持つべきだ。そしてそれ以前からの、動物たちが生き抜いてきた経験と野生の生命力もわれわれはちゃんと引継ぎ、それらはいまだわれわれの遺伝子に刻み込まれている。彼らは全部、われわれホモサピエンスの先達である。

ホモサピエンスは地球上でたった1科(ヒト亜科ヒト属)しかもたないたったひとりきりの孤立種である。ヒト属に分類されるのはヒトだけ。

まだここから分岐した属を持たないということは、それだけで孤立無援な動物。この孤独を得たために、われわれはあらゆる動物の中で最大の人口と広大な地球のすみずみまで、環境に合わせて広がれた。どんなほかの動物でも、人間ほど広く生息域を拡大できたものはない。

系統樹を見れば、人類が最上段、最末端にいる。しかしその下には星の数ほどの先達の生きようとする努力と苦心のあとが広がっている。ほかの生物とはすべて人類のための捨石になってくれた生物。それはあなたのご先祖様とまったく変わらない存在である。そういうことを学校でなんとなく教えてもらったことき気付かないとは、なんたる哀れなものどもだろう。これを基礎学力の欠如と言うのである。なんとなく学校へ行き、何を教わるかがわかっていない。何も感じない。むしろ学業を敵視し、必要ないと思い込んできたミゼラブルな原始的生物とはむしろ彼ら自身である。


これでは滅びは一層早まるしかない。そこがまったく理解できないやからに、簡単に影響され、自分で自分の足元の枝を切り取ろうとしている基礎学力0のものどももたくさんいる。

彼ら全部が今の地球には怪獣である。





















































Viewing all articles
Browse latest Browse all 1881

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>