今週はおもしろいニュースが山積みだ。
文化人類学ニュースから。
日本に民主主義が根付かないのは「敬語」のせい?
日本社会では、人と接する時、常にどちらが目上でどちらが目下であるかということを気遣うことがマナーとされる。もちろん、世界中どこでも、相手に対して敬意を表すことは道徳的慣習として共通である。ただ、日本ではどちらが目上でどちらが目下であるかということを、複雑に体系化された敬語を用いることで表現する。人と人との関係性において、平等よりも上下関係を重視する考え方が言語のレベルで慣習化されているのである。・・・
もちろん、敬語という言語的慣習は決して悪弊ではなく、礼節を重んじる美徳である。問題は、上下関係を重んじる慣習が土壌として存在する日本社会において、平等の慣習を前提とする民主主義が、いかにして適用されるかということであろう。」
なかなか考えさせられる論考だ。
すると西欧民主主義とは敬語なき文化=身分に関わらず差別がない言語文化から生まれたものだから、敬語がいまだに存在する日本人では絶対に理解できない、ということだろう。
敬語がヘイト意識によって生まれたものだと・・・。
確かにうちの次男は、永遠に長男に頭があがらないし、日本のサラリーマンは永遠に上司にはさからえない。野球選手は非近代的にグランドの神さまに頭を下げて試合し、根性主義の戦前の意識を変えられない。スポーツが楽しい遊び(プレイ)から始まることを理解せず、せっせと軍隊式訓練と野村克也的な勝つためのノウハウ野球にまい進する。大学も相撲界も、みんな同じようにしている。日本人は金太郎飴のように同じ姿を好み、ユニフォームと言う軍服にそろえたがる。性格や考え方までも、とにかく画一主義である。同じ方角を全員が見ていないと「おちこぼれ」とされ、差別され、ドロップアウトさせられる。いじめもヘイトもだからなくならない?
それじゃあ、日本から差別意識は永遠になくならないとなるわけだ。
どっちがいいかようく考えてみなくちゃなあ。
ただし差別は欧米人のほうが激しいけどね。
それはどうなの?南北戦争で負けたことをいつまでも根に持ったアメリカ南部人による差別、ナショナリズムは、トランプの出現によって完全復活しているけれど?それはどうなの?
とにかく日本人や欧米人に差別の意識があるかぎり戦争はなくならないということじゃないか?