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Channel: 民族学伝承ひろいあげ辞典
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書き忘れ 鉄剣は初期、銅剣より弱かった

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先の鉄の記事に書き忘れがひとつあった。
鉄は簡易製鉄では非常にもろい。
最初鉄器を持った民族は、さっそうと鉄剣を掲げて他国を侵略しようと立ち上がるが、なんとも脆弱なしろもので、たった一回、敵の石器や銅剣と刃を合わせただけで、ひんまがってしまいホウホウの体で逃げ出すことも多かった。

ヒッタイトが強かったのは、その鉄が鋼だったからであろう。エジプト王国が代々、彼らと刃を合わせてかなわなくて、結局、和議を結び、その製法を知りたがったのも、そういうことだったわけだ。

欧州では1世紀、ローマが簡易製鉄によって鉄剣を持ったが、ブリタニアに攻め込んだとき、その剣はまったく役に立たなかった。それでローマは帝政期になるまで銅剣を捨て去らず、鉄の進歩をがまんづよく待つしかなかった。しかし将校が銅剣を使う一方で、将兵たちは脆弱な鉄剣で立ち向かうしかなかった。鉄器作りがそれだけエネルギーのいる技法だったためだと言われている。


われわれは日本の例から、銅から鉄への変化は、比較的容易だったと考えてしまうが、その時間的格差はそうとうに開きがあった。さらに鉄には銅のような美的な嗜好性が少なく、なにしろ金こそが最高だったローマ文化などでは、鉄の静かなる美は趣味に合わなかったらしい。エジプト人も鉄は醜悪で不純だと書いている。銅や金の持つ魅惑的黄金色が鉄にはなかったからだと言う。したがって世界中でおしなべて、鉄器は神への供物には選ばれていない。それは日本の弥生時代~古墳時代がそうである。しかし古墳時代も中期になると鉄器が九州の古墳に見られるようになる。その頃の近畿ではまだまだ鉄はなく、銅の時代である。しかも中心は鏡で、九州のように、わざわざ埋葬用に大きくした鉄器を持つことはなかった。

鉄が神聖さを持つようになったのは、青銅器時代が終わり、青銅作りに必要だった錫が手に入らなくなってからだ。職人たちが困り果て、青銅にかわる金属を欲した結果、やっと「みにくいはずの」鉄が見直されたのである。

これはあくまで武器としての見方である。芸術品としての青銅は、その後も珍重され続ける。いずれにせよ、なにかが交替する変わり目には、どんなものでも必ず、代用品を探して侵略する歴史が内在することは忘れてはならない。あれがない、これがないこそは、人類に欲を産み、それがホロコーストを引き起こす。それこそを歴史というのである。平和ばかりの世の中に、実は歴史がない。たいくつな毎日など誰も未来の人間は知りたがらない。人間とはそういう生き物なのである=サル。


どっちにしたって人間にとって、鉄ほど影響を与えた鉱物は皆無であろう。自動車産業も製鉄を基盤に生まれたし、産業革命、蒸気機関すべてが鉄がなければありえなかった。だからイギリスの下町と言うと真っ黒い霧につつまれた最悪の環境だった。今の中国の比ではない。そこでロンドンの紳士の代名詞となるのが真っ黒いフロックコートにこうもり傘である。黒が紳士の色となったのは大気汚染からだった。

煙突掃除屋が大いにもうかる時代で、あのメリー・ポピンズのチムチムニー^~~という世界だった。そういう重工業と繊維産業の下町で、20世紀に、偉大なる若造どもが出現する。ザ・ビートルズ。音楽の革命家となった。工業の田舎町で育った、少し猫背の彼らは、そうした職人たちの子孫である。



歴史の面白さとは、こういうものだ。
たったひとつの素材から、人間の活動がからまりついていることに気づく。なんにでも理由があることに気づく。そこに気づくのが健全な人間の脳みそではないだろうか?なぜ歴史から不思議や、うそや、神秘性ばかりを若者は見ようとするのか?今の筆者にはもうわからない。老いたのであろう。

































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