●双脚輪状文が描かれた古墳 所在地 土器編年 墳形
1熊本県釜尾古墳(横向き) 川流域釜尾市 6世紀後半 ●
2福岡県王塚古墳(縦向き) 遠賀川流域 6世紀初~中 前方後円墳
3弘化谷古墳(横向き・円紋に脚)筑後川流域八女市 6世紀中 ●
石人山のある古墳群にある古墳群は4前~7前まで存続
4横山古墳(下向き)菊池川流域鹿本郡植木町移築再現5後~6前 前方後円墳
5福岡県丸山(塚)古墳(不明消失)八女市詫間田?
1熊本県釜尾古墳(横向き) 川流域釜尾市 6世紀後半 ●
2福岡県王塚古墳(縦向き) 遠賀川流域 6世紀初~中 前方後円墳
3弘化谷古墳(横向き・円紋に脚)筑後川流域八女市 6世紀中 ●
石人山のある古墳群にある古墳群は4前~7前まで存続
4横山古墳(下向き)菊池川流域鹿本郡植木町移築再現5後~6前 前方後円墳
5福岡県丸山(塚)古墳(不明消失)八女市詫間田?
※これ以外に二つ候補にあげてもいいのが田代太田の円紋の中にもあるか?
さらに田主丸にもそういう候補があるようだが古墳名は秘密にしておきたい。
すると少なくとも北部九州には六ヶ所、双脚輪状文が描かれていることになる。
丸いトゲのないものとトゲのあるものがあり、この派生の相違は今後の問題。
貝殻の種類がヒントか。なにも模様の源流がスイジガイだけとは限らないということ。
さらに田主丸にもそういう候補があるようだが古墳名は秘密にしておきたい。
すると少なくとも北部九州には六ヶ所、双脚輪状文が描かれていることになる。
丸いトゲのないものとトゲのあるものがあり、この派生の相違は今後の問題。
貝殻の種類がヒントか。なにも模様の源流がスイジガイだけとは限らないということ。
●双脚輪状文型の特殊形象埴輪が出た遺跡・古墳
1 和歌山県和歌山市岩橋・井辺八幡山古墳 双脚輪状文部分が破損した状態で出土形象特 殊埴輪 1個の部分と推測された 6初 前方後円墳
2 和歌山県岩橋千塚古墳群のうち大日山35号墳 6前 前方後円墳
冠帽をかぶる人物(男女?あるいは親子?各1)画像下
1 和歌山県和歌山市岩橋・井辺八幡山古墳 双脚輪状文部分が破損した状態で出土形象特 殊埴輪 1個の部分と推測された 6初 前方後円墳
2 和歌山県岩橋千塚古墳群のうち大日山35号墳 6前 前方後円墳
冠帽をかぶる人物(男女?あるいは親子?各1)画像下
3 和歌山県大谷山22号墳 双脚輪状文特殊埴 6前 前方後円墳
4 香川県公文山古墳 双脚輪状文付き特殊形象埴輪 一個 不明 不明
5 奈良県荒蒔古墳 天理市荒蒔町糸杭139. 6前 帆立前方後円墳
関連類似物
岡山県金蔵山古墳 盾形埴輪にスイジガイ?意匠デザイン化
大阪府古市古墳群仲津山古墳 円筒埴輪にスイジガイ?陰刻
静岡県磐田市松林山古墳 スイジガイ貝輪現物 4世紀後 前方後円墳
山梨県甲斐銚子塚古墳 同上 前方後円墳
長野県須坂鎧塚古墳 同上 積石円墳
群馬県綿貫観音山古墳 冠帽をかぶる人物埴輪(円形冠帽で縁飾り後部に岩橋千塚に似た脚がある)
大分県宇佐市貴舟平下の裏山横穴墓 日本唯一の六脚輪状文 横穴墓
岡山県金蔵山古墳 盾形埴輪にスイジガイ?意匠デザイン化
大阪府古市古墳群仲津山古墳 円筒埴輪にスイジガイ?陰刻
静岡県磐田市松林山古墳 スイジガイ貝輪現物 4世紀後 前方後円墳
山梨県甲斐銚子塚古墳 同上 前方後円墳
長野県須坂鎧塚古墳 同上 積石円墳
群馬県綿貫観音山古墳 冠帽をかぶる人物埴輪(円形冠帽で縁飾り後部に岩橋千塚に似た脚がある)
大分県宇佐市貴舟平下の裏山横穴墓 日本唯一の六脚輪状文 横穴墓
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考サイト
井辺八幡山古墳の再検討―造り出し埴輪群の配置復原を中心に―佐 藤 純 一・清 水 邦 彦・関 真 一辻 川 哲 朗・松 田 度
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=ldLm7ixGRUoJ&p=%E5%8F%8C%E8%84%9A+%E8%BC%AA%E7%8A%B6+%E4%BA%95%E8%BE%BA&u=hmuseum.doshisha.ac.jp%2Fhtml%2Fresearch%2Freport%2Freport10%2Fkento.pdf#search='双脚 輪状 井辺'
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=rmgfq8dvT9oJ&p=%E5%8F%8C%E8%84%9A+%E8%BC%AA%E7%8A%B6+%E4%BA%95%E8%BE%BA&u=www.kiifudoki.wakayama-c.ed.jp%2Fevent%2Fevent%2520H23%2FH23tokubetuten%2FH23tenji%2520mokuroku.pdf#search='双脚 輪状 井辺'
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=ldLm7ixGRUoJ&p=%E5%8F%8C%E8%84%9A+%E8%BC%AA%E7%8A%B6+%E4%BA%95%E8%BE%BA&u=hmuseum.doshisha.ac.jp%2Fhtml%2Fresearch%2Freport%2Freport10%2Fkento.pdf#search='双脚 輪状 井辺'
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=rmgfq8dvT9oJ&p=%E5%8F%8C%E8%84%9A+%E8%BC%AA%E7%8A%B6+%E4%BA%95%E8%BE%BA&u=www.kiifudoki.wakayama-c.ed.jp%2Fevent%2Fevent%2520H23%2FH23tokubetuten%2FH23tenji%2520mokuroku.pdf#search='双脚 輪状 井辺'
文献
辰巳和弘『埴輪と絵画の古代学』白水社 1992
文化庁『発掘された日本列島2009
辰巳和弘『埴輪と絵画の古代学』白水社 1992
文化庁『発掘された日本列島2009
装飾古墳今昔紀行 横山古墳
http://blog.livedoor.jp/warabite/
![http://livedoor.blogimg.jp/warabite/imgs/a/e/ae3afa47.jpg]()
古墳探訪録
http://blog.livedoor.jp/ncc74210/
http://blog.livedoor.jp/ncc74210/archives/52505333.html#
http://blog.livedoor.jp/warabite/

古墳探訪録
http://blog.livedoor.jp/ncc74210/
http://blog.livedoor.jp/ncc74210/archives/52505333.html#
●注目ポイント
紀ノ川氏族関連で摂津の今城塚をあげておく。家型埴輪に直孤文あり。
岩橋千塚古墳群の氏族を和歌山県では紀氏ではないかと推測している。
紀ノ川氏族関連で摂津の今城塚をあげておく。家型埴輪に直孤文あり。
岩橋千塚古墳群の氏族を和歌山県では紀氏ではないかと推測している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
疑問1紀ノ川河口北部の淡輪古墳群との関係は?
2紀氏の一族、あるいは枝族が双脚輪状文を共有していたか?
3スイジガイ的なトゲのある円紋(Kawakatu的には金平糖型とか勲章型)
に脚と弘化谷のようなトゲのない円紋に脚の絵柄があるのはなぜ?
4 縦向き、横向き、上向き、下向きがあるのはなぜ?
5 岩橋千塚や大日山35号の「冠帽」は、現実の人間も使ったのか?
どんな素材で作られたのか?どういう意味があるのか?
6 そもそも双脚輪状文の大元はただスイジガイでいいのか?
鮑などの丸い貝もあるのか?それともまったく別のモデルが?
2紀氏の一族、あるいは枝族が双脚輪状文を共有していたか?
3スイジガイ的なトゲのある円紋(Kawakatu的には金平糖型とか勲章型)
に脚と弘化谷のようなトゲのない円紋に脚の絵柄があるのはなぜ?
4 縦向き、横向き、上向き、下向きがあるのはなぜ?
5 岩橋千塚や大日山35号の「冠帽」は、現実の人間も使ったのか?
どんな素材で作られたのか?どういう意味があるのか?
6 そもそも双脚輪状文の大元はただスイジガイでいいのか?
鮑などの丸い貝もあるのか?それともまったく別のモデルが?
●紀氏(木氏とも。紀臣・都奴臣・坂本臣の祖)
和歌山紀ノ川下流から摂津淀川、山背桂川流域に分布が考えられる氏族。
『新撰姓氏録』では武内宿禰子孫
古墳群に靫・胡籙などの弓矢武具の形象埴輪を持つ。
『新撰姓氏録』では葛城氏同族
和歌山紀ノ川下流から摂津淀川、山背桂川流域に分布が考えられる氏族。
『新撰姓氏録』では武内宿禰子孫
古墳群に靫・胡籙などの弓矢武具の形象埴輪を持つ。
『新撰姓氏録』では葛城氏同族
つまりこの人物の系譜であろうか?
●武内宿禰 たけし・うちの・すくね(一説に隼人に関わる内族族長?)
父は孝元天皇の皇孫、屋主忍男武雄心命(『古事記』は孝元天皇の皇子、比古布都押之信命とする)
母は木国造(紀伊国造)の女・影媛
父は孝元天皇の皇孫、屋主忍男武雄心命(『古事記』は孝元天皇の皇子、比古布都押之信命とする)
母は木国造(紀伊国造)の女・影媛
子孫
羽田矢代宿禰(はたのやしろのすくね) - 波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部臣の祖
巨勢小柄宿禰(こせのおからのすくね) - 巨勢臣、雀部臣、軽部臣の祖
蘇我石川宿禰 - 蘇我臣、川辺臣、田中臣、高向臣、小治田臣、桜井臣、岸田臣の祖
平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね) - 平群臣、佐和良臣、馬御織連の祖
紀角宿禰(きのつののすくね) - 紀臣、都奴臣、坂本臣の祖
久米能摩伊刀比売(くめのまいとひめ)
怒能伊呂比売(ののいろひめ)
葛城襲津彦 - 玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣の祖
若子宿禰(わくごのすくね) - 江野財臣、利波臣、射水臣の祖
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%86%85%E5%AE%BF%E7%A6%B0
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/54381765.html
紀氏の同族、葛城襲津彦の子孫には的臣が掲載されている。
また『豊日誌』には大分県日田市刃連(ゆきい)町の靭編の祖が鳥羽宿禰で、日下部の祖でもあると記載があった。
装飾の類似以外でこれら氏族と九州をつなぐ記事はこれだけである。
また『豊日誌』には大分県日田市刃連(ゆきい)町の靭編の祖が鳥羽宿禰で、日下部の祖でもあると記載があった。
装飾の類似以外でこれら氏族と九州をつなぐ記事はこれだけである。
もちろん双脚輪状文とスイジガイなどの貝輪が完璧に紀氏に使用の源流があるとは断定できないことも言い添えておく。
With2ブログランキングへ