イスラム帝国は、われわれ世代が学校の世界史でサラセン帝国という国家のあった時代を含んだ、もっと広範囲な時間帯でアラブ世界とその周辺世界へ領土を拡大していった、広義の帝国国家の呼称(イスラム共同体国家=ウンマ Kawa)である。
イスラム共同体帝国の時代別版図(Wikiイスラム帝国から)
時代別に以下の様な時代があった。
1 正統カリフ時代(632~661年)ムハンマド(マホメット)の没後、4人のカリフ、すなわちアブー=バクル、ウマル、ウスマーン、アリーが治めた時代。のちの時代と異なり、イスラムの理念が政治に反映されたと考えられた。
2 アッバス王朝支配によるムスリム(イスラーム教徒)であれば誰でも平等に庇護される体制。サラセン帝国(欧州史学の呼称、今はイスラム帝国に改称)・大食 (タージ・中国で)
3 オスマン帝国時代15世紀~1922年まで。いわゆるアラビアのロレンスが活躍 した時代まで。
総じてイスラム教国家の共同体国家体制である。ウマイヤ朝時代までは宗派も明確にはない原初的イスラム族長の共同体であるが、その後宗派が分かれるにつれて内部でのいざこざを乗り越えようとする集団へ変化。いずれにせよいわゆる古代族長世界の統率者「共立」時代である。つまりイスラム世界はこの間、一貫してひとつになるための努力を維持してきた。その基板に根強くあったのは欧州キリスト教世界からの侵略に対抗しようと言う共同体志向だったと言ってよいだろう。
日本の卑弥呼の時代だと考えればわかりやすかろう。ただし、十字軍に対したこの共同体幻想ともいうべき脆弱な集団意識は、あるときその性質を大きく変えることになる。アメリカがパレスチナにユダヤ国家を置いてしまったときからだ。キリスト教世界とのゆるやかな反駁を感じてきた長いアラブの怨恨意識の歴史に、新たに新興大国家アメリカへの怨恨が加算され、同時にユダヤ=イスラエルへの憤りまでもが加わったのである。
第二次大戦後も、これらの古代的な恨みの感情が、イスラム世界の自由主義化を阻み続ける。いわゆる中東戦争の時代を経て、アメリカの強引な政治と軍事攻撃がそれを抑制しようとしてきたが、フセイン体制崩壊後、アラブ世界は統一された共同体を失い、一旦ばらばらな混沌世界へ。こうした中で、イスラム教の教義を超越し、ただジハードだけを望むイスラム原理主義者が台頭してくる。
そして最後に登場したのがボコ・ハラムやイスラム国だった。
イスラム国はこれらのすべての原理主義テロ集団を統一しようとして、パキスタン周辺を根城にするアルカイーダの中から主義の違いで分立したより過激で残虐なサラフィ・ジハード主義集団。
目的はイスラム帝国の再現としているが、最も違うのは、同胞であるほかのイスラム教徒ですら、主義が違えば迫害・殺戮・暴行・放火・殺人する恐怖政治を慣行する。かつてのイスラム共同体の共立したゆるやかな帝国主義的な考え方とは違い、あきらかに武力による侵略によって版図を広げようとする古代色の強いテロ集団国家というところ。しかし内部機構には一応近代国家的政治組織と細かく分岐した省的なものを作り、体制を整え始めている。
「イスラーム国」(イスラームこく、アラビア語: الدولة الإسلامية、翻字:ad-Dawlah al-ʾIslāmiyyah ダウラ・アルイスラミーヤ、英語: Islamic State、略称:IS)とは、サラフィー・ジハード主義を標榜し、イラク、シリア周辺地域の国家と自称する武装組織(テロリスト)である。」Wikiイスラーム国
「サラフィー主義は(スンナ派の)厳格派と呼ばれることもある。それが「単なる復古主義でないのは、回帰すべき原点、純化されるべき伝統がそもそも何であるかを、厳しく問うものだからである」が、現実的にはシャリーアの厳格な施行を求め、聖者崇拝やスーフィズム、シーア派を否定する。祖は13世紀から14世紀にかけ中世シリアで活動したハンバル学派のウラマー、イブン・タイミーヤであるとされ、カラームを拒むなどの特徴を持つ。近世に生じたワッハーブ派はサラフィー主義から派生したもので、今もこれに含む考えもある。近現代においてはラシード・リダーが有力な提唱者であった。」Wikiサラフィー主義
日本、朝鮮、昨今では中国やインドやブラジル、東南アジアなどの第二次大戦後に西欧文明と自由主義を受け入れて新産業革命を成し遂げている国々と、アラブ世界が最も違うのは、資源ある国は西欧化して平和的になれたが、そうでない地域は、いつまでもいつまでもかつての族長を超えて宗派内部での内乱が絶えず、ついにテロ集団そのものが宗派さえも超越した、すでにイスラーム教とは隔絶したたんなる独裁的恐怖主義にまい進しはじめたということだろう。
イスラーム国が望む最終版図
つまり結果論ではあるが、西欧が中東に対して干渉してきたこれまでのすべての行為は、むなしく意味のないものだったといわざるを得ない。かと言って、イスラム教世界そのものは今も尚、すべての世界宗教の中で最も勢力を拡大しつつある。その中で、欧米自由主義に対する反駁を行っているのはアラブ世界だけであり、すでに十字軍以来の古い怨念よりも、アメリカとユダヤ国家への恨みに発した、世界征服への野望すら見え始めてきた。鉄は熱いうちに打たねばならぬが、先進西側世界にはこれを今、押し込めるほどの財力や資源がなくなり始めていることも確かである。しかも彼らはたとえ欧米並みの裕福な物質文明ですら、与えたところでそれをつきはねて望まない。ただひたすら西欧を拒否し、戦い、荒れ狂い、そして聖戦の中で死んでいくことこそがアラーの思し召しだというような、特殊な死生観と破滅主義に突き進もうとしているようにすら見える。
拡大の手法も特殊で、アメーバのように「道」によってつながりを広げるアメーバ集団であるので、攻撃の核心地が見えづらいうえに、彼ら自身も常に移動をこととして基地を確定しないので、ますますこれを一気に破壊することが難しい。これがまだアラブ世界内部の内乱であるうちに、周辺アラブ国家への資金援助をすることで、アラブ世界の中で彼らを徐々に排除してゆく動きを助けるしかないのが現状であろう。反イスラム国勢力が、今こそかつての族長同盟を復活して、これにあたるべきであり、われわれ外側世界が直接、彼らに対峙するのは内政干渉であろう。
アラブのことはアラブで。
いずれにしても、アラブを見れば古代も卑弥呼時代もよく見える。