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Channel: 民族学伝承ひろいあげ辞典
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ケット人その2 ケットは「私」、アイヌも「私」、蝦夷はエニセイ?

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さて、前の記事で見たように、シベリアのケット族のケットとは一人称、つまりケット語で「私」のことである。自分自身をそう呼んだので聞いた人はそれが民族名だと思ったわけである。
 
それはアイヌも同じであろう。
 
kuani
目次. 1 アイヌ語. 1.1 発音; 1.2 代名詞. 1.2.1 語源; 1.2.2 例文; 1.2.3 翻訳; 1.2.4 関連 語 ... 代名詞[編集]. 口語 一人称単数 本来は贅語。 (自身)。 (本来、主語を強調して )なら。としては。こそ。 〔現代アイヌ語〕(主語を文頭にもってきて)は。」
 
本来の発音は「クアニ kuani」だが、当時の大和民族には「アイヌ」と聞こえたわけだ。
 
 
これらの自分自身を指す言葉は日常では使われないため(わざわざ自分を私とは紹介しないからね)贅語(ぜいご・普通は使わない無駄な言葉)と言うそうだ。
 
 
 
では蝦夷(えみし)は?
こちらは明確ではないが、大和民族が東北地方の東夷の中でも最強の者を呼んだと大和側の記録にあるので、他者がそう呼ぶということは蝦夷とは文字はさておき、読み方はいい言葉のようだし、正直な感想だろう。では蝦夷自身は自分たち民族のことをどう呼んでいたかはわかるはずはない。文字がないし、まずもって自分達の民族呼称などその民族自身には必要がないわけである。
 
われわれ日本人でも、国家アイデンティティが確立しなければ「自分は日本人だ」とはなかなか言わなかったはずである。そういう民族呼称そのものが、あとから第三者がつけるものであるし、国家になるために初めて自国名をつけるたぐいのものである。
 
しかし、それでは蝦夷の名の由来はわからなくなる。
すると蝦夷の音の「Emishi」とはいったいどこから派生したのか?
もしかするとケット民族の故郷である「エニセイ」に語源があったのではなかろうか?自分達を「エニセイから来た人」と言っていた蝦夷がいて、大和側の田村麻呂などがそれを民族名だと勘違いした可能性はなかろうか?
 
 
 


 
 
アイヌとケットの違い
 
筆者は同じ北方の民族とは言っても、アイヌは南方から海を舟でやってきた民族、ケット・蝦夷は内陸を騎馬でやってきた民族だと分けている。
 
ケットがシベリアまで来るために騎馬を使う以前、人類は大陸内部を歩くしかなく、その時間は膨大で、その間に寒冷地対応して顔がモンゴルのような平べったい、毛髪の薄い新モンゴロイド化していったと考えられるが、ケット民族は頬骨が高いく、目が一重で細長いのはまさに北方系対応だが、毛深いのは南方系をまだ残した形質かと見る。こういう顔つきの日本人がけっこう今も全国にいるなと感じている。これらはケット民族が、新モンゴロイドほどの時間をかけずに、しかしアイヌほどの短時間ではなく、シベリアに来たと考えるに充分である。するとバイカル湖のような割合近いところから騎馬で来たのが最初で、そこからテュルクやモンゴルとの混血が起きて日本海沿岸にやってきたと思える。太平洋側へはまたそこから時間がかかっただろう。
 
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一方、アイヌは毛深く、二重まぶたが多く、ホリが深く、しかも体躯はケットほど大きくない。
 
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眉が眼球のすぐ上にある。
北方系なら眉と目の間隔が随分広い人が多い。これも寒冷地対応で顔が横に平たくなったのに対応する、全体的レイアウトの変化である。
 
鼻が横に開くのはアフリカ系の古い形質が残存している。
 
つまり短い時間で北上してきた民族がアイヌだろう。
 
 
 
 
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ま、どっちにしても科学的な証明が出てくるまで待つしかあるまいが、なかなか説得力があるんじゃなかろうか?
 
 
 
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