魏略「春耕秋収為年紀」にある「春耕秋収」とは、正式には
魏略曰「其俗不知正歳四節但計春耕秋収為年紀」で、この『魏略』の記事を引用した『三国志』「東夷伝 倭人条」に掲載のある記事のことである。
この文章には
「(倭人は)その俗、正歳四節を知らず。ただ春耕秋収を計って年紀と為す。」
とあって、つまり倭人は春と秋でそれぞれ1年と数えており、これを「春秋二倍暦」と言う。春から秋・・・つまり田植えから稲刈りまでを一年、そこから次の春までの冬を一年と勘定して、一年間に二年あるという古代中国に始まる死生観である。これが3世紀頃の古代日本人の通年観念だった、ということになる。
ここから日本の史書は最初の神武天皇から応神天皇あたりまでの天皇の年齢を二倍にする着想を得たというのが今の史学の見方である。すると100歳以上だった天皇たちの年齢は正しくは、「春秋二倍暦」を普通の「1倍暦」換算すれば 神武天皇は64歳・崇神は60歳・応神は55で崩御となって、現実的なるというわけである。
ここではそのことは論じない。
その「春耕秋収」の裏側にある「風」を論じる。
参考文献は萩原秀三郎『鬼の復権』ほか
日本で古くは風のことを「し」と言った。
「シナノ」「シガラキ」などの「シ」である。
風を品とも書いている。
中でも日本には各地に季節風の「北西風」を呼ぶ名称が実にたくさん存在する。
そもそも季節の秋はアキ、アク、アケ・・・(明、昭、秋、穐、飽、開、空、空気、安芸、安岐、安来、安紀、阿紀、阿貴、阿騎、阿気、麻気、天気・・・)などは風をも意味する言葉である。つまり秋は季節風の吹く季節なのである。それで風の吹きぬける土地には「秋葉神社」が火伏せの神として置かれたが、それが銅精錬地名となると狩場となる。カリ・カルは朝鮮語で銅広く金属。精錬・製鉄にも風は欠かせない。
北西の秋風名称だけをざっと並べてみても、
1 アナジ・アナシ (纏向・和泉・伊勢・伊賀・若狭など)
2 お忌み荒れ(出雲大社神在月の風)
3 西ながれ(石川県)
4 二ソ(福井)
5 アイの風(日本海・万葉「安由能加是」あえのかぜ)
6 ワタシ風
7 マツボリ風(阿蘇・溜め込んで=「マツぼる」一気に噴出される風)
8 ホマチ風(福島県郡山周辺・「帆待ち風」だろう)
9 タマ風(北日本全般)
10ダイコシ吹き(大師講吹き・中国地方東部)
11御神楽流れ(岐阜県揖斐郡)
12アユの風(東海地方)
13雁渡し
などなどがある。
風全般についてはこのサイトが詳しい
朝鮮半島でも南部海岸部に、有名なヨンドンがある。
例の歌謡曲「珍島(チンド)物語」に出てくる「ヨンドンサリ(実発音はサル)」である。意味は、
「「ヨンドン」については、既に他の方が書かれている通り、風の神様と言われる「霊登」のことで、「サリ」はハングルで書くと "살" (サル)と "이" (イ)に分けて考えるべきだと思います。
"살" (サル)とは、霊などの影響によって起こる事件や現象のことを指します。
なので、「ヨンドンサル」自体が、風の神「ヨンドン(霊登)」によって引き起こされると信じられている海が割れる現象のことを言います。
「サル」は子音で終わる音なので、読みやすくするために、歌詞の中では最後に「イ」を付けた「サリ」の形にしたのだと思われます。」
"살" (サル)とは、霊などの影響によって起こる事件や現象のことを指します。
なので、「ヨンドンサル」自体が、風の神「ヨンドン(霊登)」によって引き起こされると信じられている海が割れる現象のことを言います。
「サル」は子音で終わる音なので、読みやすくするために、歌詞の中では最後に「イ」を付けた「サリ」の形にしたのだと思われます。」
正確に申すと古くはヨンドンは「竜童」と書く。つまり竜神の子がヨンドンであるので、日本で言えば長野県千曲地方の民話の主人公「竜の子太郎」なのである。
「サル」は霊の動き、現象である。
あるいは霊媒師「ヨンドンハルマン」を言うこともあるか?歌謡曲の意味から言うと「ヨンドンサルが願う」のであるから南朝鮮海岸部に多い「ヨンドンばあさん=霊媒師」のことを言ったのかも。これはちょうど沖縄の「ノロ」や、恐山の「イタコ」のような口寄せ巫女に似ているが、彼女は風の神を自在に手繰るとされる。だから「願いはひとつ」というのは歌の場合は、こう解釈するのがいいようだ。
ヨンドンハルマン像
「大昔この地方の島にトラが出没し、危険を感じた住民が2.8km離れた芽島へ避難した際、老婆が事情によりやむなく一人で島に残ることになったそうです。
その後体が衰えてきた老婆は一人でいることが寂しくなり、5年間の間山に登り竜王に家族との再会を祈願。竜王は老婆の熱心な信心に心動かされ「二つの島の間に虹の橋をかけてやろう」と約束。そうして両方の島をつなぐ奇跡の海の道が出来たそうですよ。
その後、老婆は念願であった家族との再会を果たし、家族にみとられながら安らかに息を引き取ったというお話です。
それ以来、老婆の願いをかなえてくれた竜王の恩に報いるため、毎年霊登(ヨンドン)祭りを行うようになったというのが今の珍島霊登祭り(神秘の海割れ祭りとも言う)の起源らしいですね。
珍島物語の歌詞は離れ離れになった家族が神様の力で奇跡の再開を果たすというのがメインテーマ。また、それにかけて愛する人や家族とやむをえない事情により離れ離れになって暮らしている人たちを励まし、激励し、応援するような歌でもあったわけです。
朝鮮半島で言うと北朝鮮と韓国の同民族間による対立。日本で言うと北朝鮮と拉致被害者の関係、といった国際的な問題も暗に盛り込んでいるのかもしれません。天童よしみさんの歌唱力に圧倒されがちな珍島物語ですが、歌詞にも深い意味がこめられていた」
もちろんヨンドン・サルが普段願うのは秋の北西風を手繰る能力である。
ヨンドンは陰暦二月に吹く季節風。「陰暦二月を別命ヨンドン月という。この月になるとヨンドン神が中国江南から済州島へ海山の見物に訪れるが、この神は蓑笠をつけておいでになったので、雨が降ったといわれる。」しらがってヨンドンは南東の季節風で日本で言う南風=コチの風なのである。日本と違って半島海岸部は春先の風が雨季をもたらしたようである。江南からというのはちょっと済州の人ではないので風向きが理解しにくいが。
ヨンドンが竜神であるように、日本の上記の北西風の意味も祭る本体は竜神である。竜は風を引き起こす動物とされ、四神では「青龍 せいりゅう」として東に置かれる。
朝鮮民話のトラはそれに対して西。つまり竜はトラを制御する位置に置かれ、トラこそが北西の季節風となり、竜は十二支にも辰と巳は東南東にあって「辰巳の風」は春の南風・・・コチのこととなる。春の風を操作するのが今度は白虎になるわけである。南朝鮮のソウルなどでは、正月初辰(しょしん)の日に針供養をするが、この季節には針仕事をすると針が「竜の目を刺す」とされ、すると雨が降らずに旱魃になるといわれている。要するにヨンドンは田植えの雨を牛耳る神なのである。日本の北西の風祭祀とは逆である。台風や北西風の強力な日本と、半島の違いではあるが、どちらも竜神であるので、風の神は竜、あるいは蛇体である。
ヨンドンの話が長くなってしまった。
日本の秋の北西風に名前が多いのは、稲作の最後、収穫期前にやってきて、稲穂をなぎ倒してしまう風だったから、春の田植え前の風よりも恐れられ、祀らねばならなかったということである。
『説文解字』によると、竜は春分に天に上り、秋分に淵(水界)に戻るとある。で風の神・水の神である竜は太陽と同じ動きをすると考えられてきたのである。
「竜抬頭 【りゅうたいとう】(古は「龍擡頭」) 」
龍が頭を擡(もた)げる時。つまり「啓蟄」である。陰暦二月六日前後。太陽暦で三月。
「社日 しゃにち」
諏訪の春宮・秋宮に代表される全国春社・秋社を祭る日を全国で社日(しゃにち)と言った。
諏訪の春秋二社は竜神だと言えるが、それを祀ったのは持統天皇である。それが記録では8月なのでこの諏訪の「品の風」とは台風だと理解できる。なぜ諏訪なのか?それはそもそも諏訪春秋二社には蛇神であるタケミナカタが祭られてきたからである(と、言うか、反対に風の神を祭ったからタケミナカタになったのか?も知れぬ)。記紀出雲伝説はまずもって持統にあわせて書かれてある。
諏訪湖を大風の吹き出し口と見立てて、ここに竜神を置いた。だからこの地方の「薙鎌神事 なぎかま・しんじ」とは、風を切る儀式であるとなる。だから陰陽五行の「木克金 もくよろしく金を克服す」に乗っ取って金気=西の方位の鎌を、木気=東に打ち込むのである。風を牛耳る儀式。東は甲乙つまり東北東だが、竜神がここにいるとなる。金・西は白虎で、龍が虎を秋に牛耳るとなる。つまり北西風を牛耳るのは東の龍なので、奈良の穴師坐大兵主神社は三輪山のある奈良の東側に置かれるし、その珠城山のある三輪山の神も蛇体の大物主となっているわけである。
つまりどっちも8月=秋の季節風を牛耳るための置かれた神だと理解可能である。それが春には今度は破壊神=ヨンドンとなって奈良盆地に雨を降らせ、洪水や氾濫を起こす荒神となったわけである。これを氏族配置に置き換えると当時の政治や治水までもが見えてくることになる。すなわち東の物部氏石上氏らは西の葛城氏らを睨む大連だったかも・・・。わかりますか?
「虎を野に放つようなものだ」というあの有名な壬申の乱前の文。これはこう解ける。東=天智、西=天武、の味方、勢力がそれぞれあった・・・。東=春日山で藤原氏、西=吉野で葛城・蘇我氏と、吉野道でつながる東国勢力。わかりますか?
ま、今のは蛇足ですが。違うかもしれない。天武は西から来たとか、鎌足は東から着たとか、いろいろ出てくるからやめておこう。
いずれにせよ天武・持統時代に諏訪周辺は「シナノ」になったわけであろう。
「シナ」は「科」と書かれる。大和の磯長は「シナガ」でどちらも風である。
シナガは「息長」とも書くゆえに「おきなが=しなが」で風の一族となる。
磯と書くならそれはやはり海風だろう。ちなみに東風をコチと言うが、「ち」は「みづち=蛇」のことで、霊魂も「ち」である。生命をのせて体にめぐらせるのも「血」である。神社の千木の「ち」も風。あれは風の抜け道=チミチを現す形で、神の通り道、災害を通り抜けさせるためにある。また沖縄の読みは「おちなわ」が古く(唐大和上東征伝」には、アコナワ(阿児奈波)とあるが、「おちなわ」か?なわはウミヘビ、オキは沖かと思うが、越智だろう)、「おち」は「越」で「こし」古志で、「し」が風。「こし」は「息」で「し」「いき」と同意。だから四国の海人族・越智氏=村上水軍の「おち」も風、「息」である(要分析)。息長氏も古志=越前福井に関連した氏族だった。
出雲と敵対したのは九頭竜川氏族かもしれない。三尾氏は息長氏と結婚し継体を生み出す。「しがらき」は滋賀の新城で「しかあらき」。「しか」は海の風。鹿。
「龍は西北隅から出現」
『石氏星経』に四神のうち青龍は東方に置かれ「春に万物が生じるをつかさどる」とある。『扶桑略記』には「天子の御世を寿ぎ、天子の色である黄色の龍が西北・乾(いぬい)の角の山中より昇天」とある。
いわゆる「戌亥の隅」とは北西、十二支の戌亥方向で、神道での鬼門である。京都なら愛宕山の方角。風が吹く方角なので「お薪山=おたぎさん」で「火伏せの神」が祭ってある。この風神がやってくる日が「社日」なのである。だから稲作に大いに影響した大風を諏訪の春秋社に祭、田植えと収穫=春耕秋収の成就を念じたのである。
このように風の神は内陸部では稲作の龍神であり、また海上では遭難や船旅の成就を祈る水の神になったのである。その日本人の風習がすでに倭人伝の3世紀には始まっているということになろう。その祭祀がどこから来るかと言えば、それはもうヨンドンの吹いてくる江南、長江湖南であることは間違いない。これを中国少数民族倭族たちは「来訪神」と考えた。つまり来訪する精霊もまた風の神だったのである。
さて出雲のスサノヲがなぜ出雲の風土記には登場しないか?考えたことはおありだろう。スサノヲは自然神であることは、アマテラスが太陽、ツクヨミが月であることから理解できても、ではどんな自然現象を現すのかがよくわかっていない。夜だとか、氾濫だとかいろいろ言われる、スサノヲは風神ではないか。つまり台風や春秋の季節風である。神話ではアマテラスの水田を荒らしまわり、馬=南の皮を穂織り込んだりし、放逐されるとまず西の新羅へ向かい、出雲では蛇体のヤマタノオロチを猛虎のように退治する・・・さあ、これは風には風を、氾濫や決壊にはまさに荒ぶるスサノヲを立ち向かわせてある。まるで目には目をである。つまり風は季節によって竜虎になったのだ。だからスサノヲもまた竜虎、風神、竜神だったのではないだろうか?
そもそも荒神とは天変地異・異常気象・大災害等の「人を喰う神」である。八岐大蛇もそうである。それは古志・・・北東からやってくる青龍だ。スサノヲは新羅つまり西からやってきた来訪神=まさに北西の季節風であり、鬼門の神である。しかも彼は出雲に金気までもたらす。安来節がひょっとこ(火男)が砂金をすくう踊りと考えたことは?そう斐伊川から砂鉄である。だから戌亥は金気の方角でもあったのだ。蓬莱は東にあると中国で考えられた。その中国は西にある。つまりは西は製鉄や稲作やを持っても訪問したい人々で、東は蓬莱、日本なのである。大陸で何かあれば東アジア人は全部、必ず日本へ逃げてきた。鶴橋・大久保・新潟。大分・・・・。スサノヲはそのすべてに祀られる。やはりスサノヲは風である。
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