「一、二日たまさかに隔つるをりだに、あやしう いぶせき心地するものを」
源氏 須磨
[訳]一日二日たまに(あなたと)間を置くときでさえ、不思議なほど気が晴れない思いがするのに。
今一度かのなきがらを見ざらむが、いといぶせかるべきを」源氏 夕顔
[訳]もう一度あの遺体を見ないとしたら、それがひどく気がかりにちがいないから。
「やがてその興(きよう)尽きて、見にくく、いぶせく覚えければ」
[訳]すぐにその興味がなくなって、見苦しく、不快に感じられたので。
徒然草 154
いぶせし いぶーせし
1 気が晴れない うっとうしい。
2 気がかりだ
3 不快だ。気づまりだ。
「いぶせし」と「いぶかし」の違い 「いぶせし」は、どうしようもなくて気が晴れない。「いぶかし」はようすがわからないので明らかにしたいという気持ちが強い。
瀬戸内地方方言 いびしい いびせえ(広島)
意味 気持が悪い。気色が悪い。転じて「いびつ」
なんとなく釈然としないの「いぶかし」と気持が悪いの「いぶせし」の混用である。
瀬戸内地方から四国。豊前・豊後。
つまり瀬戸内海人族文化圏の方言が「いびしい」である。
共通語「いびつ」
[名・形動]《「いいびつ(飯櫃)」の音変化》
1 《飯櫃が楕円形であったところから》㋐物の 形がゆがんでいること。また、そのさま。「箱が―になる」㋑物事の状態が正常でないこと 。また、そのさま。秋田=マゲワッパ
㋑物事の状態が正常でないこと。また、そのさま。「―な社会」「人間関係が―になる」
2
㋐「飯櫃(いいびつ)」に同じ。〈日葡〉
㋑楕円形。小判形。いびつなり。
「―なる面桶(めんつ)にはさむ火打ち鎌/惟然」〈続猿蓑〉
「―なる面桶(めんつ)にはさむ火打ち鎌/惟然」〈続猿蓑〉
㋒金貨・銀貨などの小判。いびつなり。
「五三桐九分づつ―六十目」〈洒・知恵鑑〉
「五三桐九分づつ―六十目」〈洒・知恵鑑〉
「いびつ」以外はほとんどどの地方でも死語になりつつある。
語源は「いぶかる」「いぶかし」に同じ。
飯を入れる木製の器。めしびつ。の飯櫃から。ゆがんだ形。
なんかこう気分がすぐれない。気がかりだ。うっとうしい。不快である。むさくるしい。気味が悪い。などに広く使われた古語から派生。
そもそもは燻したようにあいまいで居住まいが悪い、から。
燻し銀。訝る(いぶかる)。
いぶす 燻す 煙でものを燻製すること。煙を焚く事。
煙でなにも見えず息苦しい状態にすること。
「いいびつ」から「いびつ」「いぶせし」「いびしい」
「いぶす」から「いぶせし」「いびしい」
両方が考えられ、混用されたと見られる。
ただし「いいびつ」は器物の名称で、「めしびつ」「おひつ」が一般的。
従って「いぶせし」の語源として最古とは言えず、「いびつ」の語源としては不採用としたい。すると「いぶーす」を語源とできる。
「いぶ」とは?
「いぶかーし」
「いぶーす」
語源確定 いぶ=煙、雲のようにもやもやして安定しないこと、もの。見えない空気。「いぶーき」。
「いぶき」は「いぶく」
いー吹く 「い」は接頭語・美称。吹く風。風や息。目には見えないのに災いを引き起こすもの。転じて「いぶかし」「いびし」「ものをいびつに歪めるもの」「災害」・・・伊吹山。伊福部。畏怖。怖いもの。そこから気色が悪いへと発展。
中心となる語幹は「ふ」である。
「ふ」=不
「ぶ」=不気味
つまりこれらの言葉は最初、漢語の「ふ」に始まる。「不」「負」「武」「部」「分」「巫」「腐」「婦」。あいまいなもの。人でもモノでもない中間の存在が「ふ」。「ふ」から「ぶ」。
強調の「い」が付属して「いふ」「いぶ」。
ここからすべてが始まっている。
地名 揖斐郡 伊比 因美
どっちつかずであいまいな土地。