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人類の共通的志向 住居

 
野鳥の巣が、環境に応じてさまざまあれども、似たような環境では世界中、その形態には大差がないように、人類の住居にも、世界で似たところは多い。
 
太古は川沿い、湧水に沿った崖にひさしが突き出たような暗所や洞穴を利用していた人々は、狩猟採集や栽培による安定生活、ないしは周遊生活によって前者は竪穴式、後者は簡便な移動式の住居を作るようになっていった。その多くが穴を掘る掘らないに関わらず円錐状のものが多いのは、形状の丈夫さと安定を三本の木組みによる三点で作り出すのが最も容易だったことから始まるだろう。
 
 
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ネイティブ・アメリカンのティビー野営用住居
 
 
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同じく長期野営用藁葺きティビー
 
 
 
もっと簡便なのは壁を背にして布や毛皮などを張り出す方法であるが、これはあくまで仮の宿営テントに過ぎない。屋根によって横からの風や雨を防ぐことこそが定住がもたらす安定感、幸福感を人類に最初にもたらしたことは、現代のNPOらでもが、途上国の援助の中で安心感を与えられる最初にできることだと共通して言うことである(曾野綾子)。
 
 
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古代ブリトン人の円形住居
※ブリトンとはフランス語ではブルターニュ。英国・ブリテン島の語源である。往古はブリトンであった。フランス最西端のブルターニュ地方はつまりケルト系ブリトン人が船出した場所で、今でも古いブルターニュ方言つまりケルト系言語を使う別世界である。
 
 
 
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歴史愛好家たちの中には、たくさんの、世界の東西であまりにも似通った遺物や習慣を特にとりあげて、日本人起源をそこに求めようとするやや強引な論者がままあるが、石器時代の住居のような卑近な例証の類似を取り上げてまで、そこにもっていこうとする人はあまりいないようである。しかし住居や食習慣などは狩猟採集・農耕定住などと同次元の必須の基層アイテムである。まるで石器時代は同じ住居に住んでいて当たり前のようにほったらかすが、すでにその時代から共通であるならば、文明時代にそれが継承されていてもおかしくないという当たり前のことには、都合が悪いから触れまいとしているように思えて仕方がない。
 
 
その円形の竪穴の住居の内部は、これもまた判でついたように炉を中心とした円形広間になっている。
 
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入り口から見て一番奥がだいたい家長が座す場所と決まっている。女系社会の時代ならそこは巫女、妻の座となるだろうか?男系社会なら一家を支える父親となる。
 
 
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日本の縄文時代の集合住宅もまた円形に集まってできあがり、中央の広場にははかが置かれた。
 
 
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中国にはまだこのような円形の長屋集落が現存して、人が生活している村がある。ドーナッツ型の住居を仕分けして人々が住み、ちゃんと集会するスペースもある。
 
 
 
文明時代になって神を北の北極星だとした中国文明人や奈良時代の日本人、朝鮮国家人は、建物・神殿を南向きに作ったが、それに比べて新石器時代の人々の神は、住居、集落の中央に祭られた。これは非常に大きな考え方の違いである。つまり死生観の違いなのであろう。しかし人類の基本的思考はまずは中央に神=祖霊が祭られたのである。神は自然神であり災害神で、これは西欧のゼウスにほぼ等しいが、神から命のいぶきを受け取って降りてくるのはその一族の祖霊なのである。この考え方はのちのキリスト=イエス=救世主の構造とまったく同じである。信仰・宗教の基本部分はこれにつきる。わざわざ三位一体などという言葉に置き換えるのは、権威の添付でしかあるまい。本質は石器時代から何も変わっていない。
 
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ただまわりくどく、婉曲的に、粉飾をつけたしているだけである。基本さえ見極めれば、それらが隔絶している信仰ではないことは一目瞭然となるのだ。信仰にはまり込んでゆく人々は、こういう理念に頓着のない弱い人々なのである。脳みそをちゃんと使って、なぜ?を極めようとすれば、カルトな宗教にはまりこんだり、高価な壷を買って見たり、悪徳商法にはまり込んだりしないはずなのに、なぜか老いると人は、淋しくなり、人とのふれあいに飢えはじめ、だまされてしまう。それは心の奥底に死への恐怖が起こり始める年齢の人々の「死を忘れようとする反対心理」が引き起こすのではないかと考えている。死を覚悟できない弱い人々は、決まって宗教にはまったり、だまされたりすることからそう考えられる。逃げているのだ。逃げるから向うが探して近づくのだ。彼らには弱者、逃避したがる人間の匂いが嗅ぎ分けられるのだ。なぜなら彼らは羊の皮をかぶった悪魔の手先だからである。
 
 
 
 
 
 
 
 
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