神道(しんとう・かんながらのみち)は、
「日本における信仰体系であり、日本固有の、一神教ではない宗教とされている。山や川、滝、高木などの自然や自然現象を畏れ敬い、それらに八百万の神を見いだす故、唯一神を持つキリスト教やイスラム教などとは異なり、一般的に多神教と呼ばれる。」
純粋な意味での神道とは、すでにこのWikiの解説でも誤りがあるとしておきたい。
少なくとも記紀由来の「八百万の神」という概念自体が、そもそも縄文古来の自然神=宇宙の理念と摂理神を、8世紀の記紀編纂以後に、記紀理念、国家思想でオブラートすることで、国家国民を操作しようとした「狭義」を持つ概念で、そもそも神道に理念や概念、狭義などはなかった。
一般に「神道しんとう」と言うとき、辞書はおしなべてこのあとづけの国家神道を言う場合が多いようだが、本来の「かむながらのみち」とは道ではなく信仰であり、宗教ではない。つまりそこにイデオロギーや政治的国民操作のための理屈はなかった。それは新興宗教であった仏教に対抗するための場当たりな、為政者のためのえせ教義を持たされた国家宗教のかたちのひとつでしかない。
日本人本来の自然信仰とは「畏怖」と「祖霊信仰」つまり「再生祈願」である。基礎となるのは縄文からの世界共通だった大地神であり、神仙思想により近いものである。
これを信仰に形や祭祀の形骸的ノウハウを加えたマニュアルが国家神道で、ばらばらに祭祀されてきた地域的・地縁的な信仰を統一しようとした。ゆえに「多神教」という言葉すらあてはまらない可能性もある。あくまでも神とは宇宙。大地。地球そのものなのであるから、これは宗教を越えて原始信仰だったといえる。
神道という言葉は単なる神聖でピュアな信仰心をしばるものであるので、さまざまに利用されてしまいがちであるが、自然神であると決定すれば、そこになんらのイデオロギーの入り込む隙間はなくなるであろう。