科学技術という言葉は日本にしかない。
科学の発祥地である西欧では、科学は技術を差別した。
科学には狭義には分化科学という大学での一面と、広義にはすべての事象を「なぜ」で分析する博物学という一面の二面がある。そのための技術を、科学者は、「労働」と解釈し、実験の捨石であると下に見た。
ホワイトカラーがブルーカラーをそうしたように、科学者は技術者を下に見た。しかし総体では、人は科学も技術も下に見た。それが中世までである。
近代では、科学はヒトの役に立つと再認識されたために、その地位を高くしたが、技術はまったく労働力でしかないままに今に至った。
歴史学が考古学を労働力、ブルーカラーとしてきたようにである。
文献などといういくらでもねつ造可能な駄文によって、これまでの歴史学は考えられ、それは文科系が理系を馬鹿にするという教育委員会のスタンスをなしてきた。校長への最短距離は国語、社会の先生だという世界だった。
科学とはスコラ、哲学である。
「なぜ」が分析を生み出した。
われわれはなぜによって突き動かされてきた。なぜこそが人間の思考の最高峰である。金を稼ぐことなどがいつからか最高峰に置かれ始めた。それによって人類の観念上の進化は百万年遅れることになってしまった。