鼻根/外見上、縄文人と弥生人をわけるもの
人類学・考古学 鼻根(びこん)=鼻の付け根縄文人は非常にくぼんで鼻本体との落差がはげしい。つまり彫が深い。弥生人は平坦で、ひたいかと鼻筋の間にあまり落差がない。つまりのっぺり見える。鼻が高い、低いという表現はあいまいである。人類学で鼻根が深い、浅いという。 【歴史のささやき】あり得ない弥生人骨の出現 山口産経新聞 10月10日(金)7時55分配信...
View Article武内宿禰とは何者か4 「宿禰」徹底追跡 そのはじまりは葛城襲津彦=越人倭族
「宿禰」徹底追跡宿禰とは?「古代の姓 (かばね) の一つ。古くは人名につけた敬称であったが,天武 13 (684) 年の八色の姓 (やくさのかばね) 制定で第3位の姓となった。主として従来,連 (むらじ) 姓をもつ者に賜与され,真人 (まひと) ,朝臣 (あそん) に次いで高位を占めたが,奈良時代後半以降になると,出身を問わず,功績などのあった氏などに与えられるようになった。」...
View Articleレンガの一致で阿武山古墳鎌足墓説は証明できるか?三島別業と軽皇子と多武峰略記の陰謀
昨日の考古学ニュースで大阪府摂津地域にある茨木市東奈良古墳から、同じく茨木市の阿武山(あぶやま)古墳から出ていた塼(せん・焼成レンガの一種)とよく似た一枚の塼が出たと発表があった。日経新聞など 塼を拡大した画像 もっと拡大できます。 うねるような渦巻きの連続模様でよく似ているのだが・・・?微妙に違うとも、色が違うとも見えてしまう・・・? ●鎌足三嶋別業...
View Article芭蕉忌にかこつけて/秦一族・松尾芭蕉=忍者・スパイ説を見直す
このブログのトップページへ行くには右側「訪問者履歴」すぐ下の書庫欄にある「すべてを表示」ボタンをクリックしてください。それ以降は記事上にあるページボタンでどうぞ。興味ある書庫カテゴリーからも。過去記事一覧からも。新着記事からも移動できます。これまでの記事数はただいま3090個です。 記事を読み終えたら、記事最後にあるピンク色のランキングタグをクリックしてくださると嬉しいです。 これでもOK→→→...
View Article古墳の総数は350年間で10万基/おきざり付き
http://youtu.be/OhBqXTK_pOk 古墳は350年間作られその間に作られた古墳は、円墳、方墳、前方後円墳、双方墳など全部あわせて10万基ほど(現在確認されているだけで)。 一年に285~6基作られた計算になる。つまり一年に300人ほどの豪族の盟主的なえらい人が死んだということである。...
View Article祭りと偏西風
大きな台風がたてつづけにやってきたが、この時期、よく忘れていることのひとつに、偏西風が10月10日前後に吹き始めるということ。 江戸期までは、それは当然のなりわいだったようで、9月~11月に、いわゆる「風の鎮撫の祭り」が集中する。 その中には、すでにそれが風・台風の鎮魂であったことが忘れ去られた祭りも多い。...
View Article和歌弥多弗利 わかみたふり 若翁 たふれぬ
すでにこのことは昨年、このサイトが取り上げていることだが、 「殺された長屋王」http://blogs.yahoo.co.jp/manase8775/46021915.html もちろん同じことを書こうとはみじんも思わない。 中田興吉『倭政権の構造 王権編』は、鎌倉時代の『字鏡抄』に「若翁」と書いて「たふれぬ」と読ませている例証を取り上げている。...
View Article朝鮮半島慶州の九州型屍床を持つ開かれた古墳・虚像の大和朝廷開始と神話
和田晴吾は古墳石室の棺(ひつぎ)について、九州型の「開かれた棺」と、畿内型の「閉じられた棺」について論じ、さらに「開かれた棺」が朝鮮半島南部の慶州に多いことを書いている(『古墳時代の葬制と他界観』2014 4月) 慶州周辺の屍床などを持つ「開かれた棺」(『古墳時代の葬制と他界観』2014 より)...
View ArticleKawakatuにさすがと言わせる白川静語録
梅原猛 米というのはどこから来ますかね。 白川静 米はおそらく屈家嶺文化から来ておる。武漢三鎮※1辺りから。あれよりもう少し西南辺りからがその起源地ではないかと思いますけどね。ビルマの方まで行くのかはちょっと解らない。 ※1武漢三鎮辺りから。あれよりもう少し西南辺りから。...
View Article千年後の自分は
千年後、自分は何をしているだろうとは、おそらく誰も考えることなどないと思う。 けれど私は、今そう考えている。 ありえない? いや、そうではなく、 歴史を知るという行為は、そういうものなのだと言っているのだ。 千年後の将来等、誰にもありえないし、あったとしても知ることなどできるはずはない。 歴史とは過去でしかない。 過去はほのかに見ることが可能だ。...
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http://youtu.be/OhBqXTK_pOk 古墳は350年間作られその間に作られた古墳は、円墳、方墳、前方後円墳、双方墳など全部あわせて10万基ほど(現在確認されているだけで)。 一年に285~6基作られた計算になる。つまり一年に300人ほどの豪族の盟主的なえらい人が死んだということである。...
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大きな台風がたてつづけにやってきたが、この時期、よく忘れていることのひとつに、偏西風が10月10日前後に吹き始めるということ。 江戸期までは、それは当然のなりわいだったようで、9月~11月に、いわゆる「風の鎮撫の祭り」が集中する。 その中には、すでにそれが風・台風の鎮魂であったことが忘れ去られた祭りも多い。...
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すでにこのことは昨年、このサイトが取り上げていることだが、 「殺された長屋王」http://blogs.yahoo.co.jp/manase8775/46021915.html もちろん同じことを書こうとはみじんも思わない。 中田興吉『倭政権の構造 王権編』は、鎌倉時代の『字鏡抄』に「若翁」と書いて「たふれぬ」と読ませている例証を取り上げている。...
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千年後、自分は何をしているだろうとは、おそらく誰も考えることなどないと思う。 けれど私は、今そう考えている。 ありえない? いや、そうではなく、 歴史を知るという行為は、そういうものなのだと言っているのだ。 千年後の将来等、誰にもありえないし、あったとしても知ることなどできるはずはない。 歴史とは過去でしかない。 過去はほのかに見ることが可能だ。...
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