再掲載海の正倉院3 宮地嶽古墳と宗像君
宗像市津屋崎町(現・福津市)の宮地嶽神社裏にある、日本第二の長大な石室(22m)を持つ宮地嶽古墳(大塚古墳)からは最古のと言ってもよい青色鉛ガラスの一枚板が出ている。 このような板ガラスが出土するのは極めて異例である。 このガラス板は、使われたとすればまず窓ガラスかテーブルかといったところしか考えられず、日本最古の窓ガラスだった可能性なきにしもあらずである。 時代は6世紀。...
View Article欝期ゆえコメント無用
現在躁鬱病の欝期である。はっきり申してこれまでで最大の不機嫌に落ち込んでいる。最悪の時期。一切コメントご無用に願いたい。 森博達の『日本書記』成立区分論をこれよりわかりやすく図解するので、お待ちあれ。 コメントは思考の邪魔になるので、当分差し控えられたし。またいずれQを出すので待っておられよ。また質問は常から受け付けていない。答える義務などない。一切無用。邪魔。何度も書かせるな。
View Article図解・森博達『日本書記』成立区分論
参考 森博達『日本書紀成立の真実 書き換えの主導者は誰か』中央公論社 2011森博達『日本書紀の謎を解く』中公新書 1999反対意見参考「『日本書記の謎を解く』の誤り」http://www.geocities.jp/yasuko8787/0x-6.htm...
View Article『日本書記』区分成立論から見えてくる疑問点
Kawakatuの独自解釈と新たな疑問点 まだまだあるが妄想はこれぐらいにしておく。 森博達氏の手法は正しい。文献も科学で分化分析する方向性を指し示した。もちろんヒントにすべき先達がいたことを添えたことで、過去の画期的だった推論にも光明をあてた功績も大きい。 一方で、さらなる疑問を好事家に与えてくれたことも間違いない。...
View Article宗像三女神と女帝三代と藤原不比等の策謀
宗像三女神とはスサノヲとアマテラスの誓約(うけい)で生まれてきた八王子のうちの女神である。 宗像三女神が記紀に於いてスサノヲとアマテラスの娘とされた所以は、天武天皇の妃として宗形君徳善(むなかたのきみ・とくぜん)が娘・尼子娘(あまこのいらつめ)を差し出す海運豪族だったからであろう。 三女神祭祀の形態はつまり天皇家の天孫降臨思想よりも先んじていたと考えられる。...
View Article菊池山哉 『別所と特殊部落の研究』転載
菊池山哉の民俗学的視点からの古代~中世史を再分析したい。その前に以前の記事をいくつかWin7文章に変換して転載しておこう。 菊池山哉 きくち・さんさい 被差別部落史研究家 民俗学研究家 元東京市役所土木技師 被差別部落に濃厚な白山信仰の存在あるを通じて、歴史・民俗の闇を透視した。当ブログ管理者かわかつの手本。 著作『多摩史談』(戦後は『東京史談』と改題) 『別所と特殊部落の研究』(東京史談会...
View Article豊後のシャア・豊後のイワムロ過去記事転載
引用文献 菊池山哉『先住民族・賤民族の研究(昭和初期著作集の改訂編纂版)』批評社 1992 豊後国風土記網磯野(あみしぬ)の条...
View Articleケガレから生まれ清まりへ/なぜ被差別部落に白山信仰が多いのか? 菊池山哉はなぜ大事か
http://blog.with2.net/in.php?686171:1650 ケガレから生まれ清まりへ/なぜ被差別部落に白山信仰が多いのか? 『白山信仰の謎と被差別部落』河出書房新社 2013 前田速夫 著...
View Article「水くくる」考/白山菊理姫/しらやまとはくさん/生まれ清まれるとは
「くくる」考 千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川(たつたがは) からくれなゐに 水くくるとは 在原業平朝臣(17番) 『古今集』秋・294 ●「水くくる」の解釈...
View Article特集・海人と海部 その1 「耳」は朝鮮語訓で「クイ」耳部=木部、木部=紀氏配下 前方後円墳後円墳アイデアは木部氏
以前当ブログ「石棚のある石室と紀氏海民」で奈良平群谷の紀氏分析を予定していてそのままになっていたので、今回改めて紀氏と石棚石室、海人族がいつから海部になっていったかなどを再調査した。主とする参考文献は理数系出身の歴史考証学者・中村修の最新作『海民と古代国家形成史論』日本史研究叢刊23 和泉書院 2013. 1 海部と海人 あまべとあま...
View Article木部と礒部と紀氏の相関関係
紀氏の紀ノ川沿岸、近畿における居住地について、栄原永遠男(さかえはら・とわお)は以下のように五ヶ所に分けて考察している。 ①和泉国南部の淡輪(たんのわ)地域②紀ノ川下流北岸側・・・大谷古墳群周辺③紀ノ川下流南岸側・・・岩橋千塚古墳群周辺④大阪湾沿岸部⑤紀ノ川中流域 これをもっと広範囲に地名と平城京木簡などから調査したのが中村修である。...
View Article天王日月獣文帯三神三獣鏡分布から見た吉備王権と紀氏
三重県嬉野町一志筒野古墳出土 三角縁天王日月獣文帯三神三獣鏡 三角縁神獣鏡と言っても絵柄はさまざまある。この三角縁鏡は 大分県宇佐市免田古墳群の赤塚古墳(4世紀)福岡県福岡市の天神森古墳同じく行橋市に近い苅田町の豊前石塚古墳(二面)同じく筑紫野市原口古墳京都府山城町椿井大塚山古墳(二面)...
View Article石棚構造を持つ石室と紀氏と海の民木部
長文引用 奈良県立橿原考古学研究所友史会2010年2月例会 「平群へぐり谷の古墳」 案内 村社仁史氏(平群町教育委員会) 千賀 久氏 集合近鉄生駒線平群駅 三里古墳 →現・長屋王墓(梨本南2号墳)→現・吉備内親王墓→ツボリ山古墳→あすのす平群→西宮古墳 → 剣上塚古墳→石床神社旧社地→柿塚古墳→烏土塚古墳→宮山塚古墳→宮裏山古墳→竜田川駅...
View Article屍床→石屋形→石棚へ 時代・地域移動拡散とその変遷
というわけで、前の記事で書いた横穴式石室の西から東への伝播とともに移動拡散してゆく石棚石室の変遷を時代を経て一目瞭然にしてみた。...
View Article礒部と伊勢部/いせ・いざわの地名由来
ランクリ! 『古事記』「此の御世に、海部、山部、山守部、伊勢部を定め賜うなり」(応神天皇紀) ここにある「伊勢部」とは文脈から察するに西田長男や水野祐は「伊勢の海部」と解釈している。しかし南伊勢地方に海部地名はなく礒部(いそべ)地名だけがある。だから伊勢部とは礒部のことかと中村修は推定している。(ただし、伊勢国河曲郡に海部郷があったという説もある。)...
View Article凡河内・凡海氏
おほしこうち、おほしあま これらの海人氏族の分析はたくさんある。しかし一番重要な問題は「凡」の意味である。 凡は「おほし」と読ませる。現代表記では「おおし」である。 凡の字義は多い。 角川新字源で調べると 土を盛りつき固めるのに使う板組みの形にかたどる(漢字)。借りてすべての形にかたどる。形声字の音符になると、かぜ。1 すべて ア、みな イ、あわせて2 およそ、おおよそ ア、あらまし...
View Article三角縁神獣鏡は吉備王権のシンボル・笠松文と吉備共栄圏と国東木部氏
筆者は国東の岐部地名は紀氏臣下の木部だと考えている。3~5初期まで、瀬戸内共栄圏が吉備を中心に東は椿井大塚山古墳から尾張東海地域、西は豊後・豊前の海岸部~海部郡まで広がっていたと見ている。その範囲は昨日書いた平形銅剣の出土地から伺うことができる。...
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