聖徳太子の正体を探る2 秦河勝
聖徳太子のイメージは、もう間違いないと言っていいのだが、少なくとも五人以上の人物像のコラージュでできあがっている。それが1作り出され 2さらにイメージがかぶさり 3そして過剰に神聖視された・・・この三つの時代的経過がそこにはある。最初にその複数のモデルを書いてしまおう。1 厩戸皇子2 蘇我馬子~入鹿3 秦河勝4 物部守屋5 天智・天武天皇6...
View Article太子と椿 祟り神としての聖徳太子
“海柘榴市之(つばきちの) 八十衢尓(やそのちまたに) 立平之(たちならし) 結紐手(むすびしひもを) 解春惜毛(とかまくおしも)”(訳)海柘榴市の数多い街路でふみならして、歌垣をした時結んだ紐を解くのは惜しいよ(日本古典文学全集(小学館 昭和48年12月10日初版)、訳者:小島憲之、木下正俊、佐竹昭広)...
View Articleケルト研究用画像資料とKawakatu的妖精解釈
ヘッダー画像は七人の小人小人にはつるはしとカンテラと決まっている。つまりやつらは鉱山師。●ケルト民族分布図●鹿トーテムのケルトと世界の共通性●馬トーテムのケルトと世界の共通性●ケルトの妖精一覧とKawakatu的解釈...
View Article長く曲がりくねった道 The Long And Winding Rord
https://youtu.be/Xqu9qhBHWNs人には人のそれぞれの道があるそれこそが歴史春を待つ30万年の人類の道もまた紆余曲折し続けた君はいったいなにを思い悩むのか行く手には安らぎしかないのに60回目の春である宇宙史から見てほんの1ミクロン地球史から見てほんの1ミリ生物史から見てほんの1センチ人類史から見てほんの10センチ古代史から見てわずか1メートルぼくは歩んだに過ぎないそしてやがてぼ...
View Article古代天皇の妃考 妃一覧 近親婚その他一覧資料
記紀 古代大王・天皇の全妃・后一覧(全5枚)ミコノミヤ一覧近親結婚一覧百済王系譜唐代妃一覧古代天皇家の婚姻戦略 (歴史文化ライブラリー)荒木 敏夫 吉川弘文館...
View Article[転載]戦争前から敗戦まで 焼け残った母の日記
戦時中、米軍の大分市爆撃時の焼夷弾でかろうじて焼け残った、嫁入り前から剣今後までが記された日記が、ぼくの手元にある。周囲が焼け焦げてしまい、中はもうばらばら寸前である。かねがね、これを母の死後、箪笥の奥の奥に油紙に包まれているのを発見してからというもの、どう扱うべきか悩んできた。もし、読んだら、ぼく自身、もしや精神が平常ではいられなくなるのではないか・・・それが怖いし、女子師範学校を主席で卒業した彼...
View Articleユダヤと日本に関連を求めるな
これは筆者の、このブログを始めた前からの信念である。歴史をまったく学んでいなかった若いころに、日ユ同祖論とか、とんでも書の神道=ユダヤ=秦氏なんぞのばかげた本を読み漁っていたころがあったが、それは古代史や秦氏への、確かに入り込むきっかけにはなったが、その後、史書や考古学に入り込むと、そんなものはまずもって意味がないことにすぐに気づいた。特にケルトを日本・アジアの比較対象に最近選んだ理由もここにある。...
View Article韓国の国花ムクゲは中国原産
韓国の国花はムクゲムクゲの原産地は中国日本の国花は菊あるいはサクラ菊の原産地は中国サクラの原産地はヒマラヤなお、サクラは品種は限っていない。平安時代は山桜で、これはDVA分析の結果、原産地はヒマラヤ一帯が自生地。日本人はすべてのサクラを愛しており、中でも染井吉野は東京都上野の染井村での交配種であり、これを近年は最も愛する。済州島起源説は明治時代の誤った説で現在一切採用されていない。そもそも国花とその...
View Article珍説『日本書記』 逆転の不比等作文術/天武と劉邦・持統と卑弥呼・天智と天忍穂耳
これから、不比等には天皇など誰だってよかった、馬に関係しておれば、を書く。馬とは厩戸、馬子、鸕野讚良に共通する騎馬系渡来人の名前である。そこにキリスト生誕伝承を混ぜ込んだのは秦氏だろう。あくまでもざっとしたものの見方であるが、『日本書記』編纂者たちが当時、ある程度の過去の知識を持っていて、それらをつなぐ時間帯の知識だけが失われていたとする。そういうことは歴史上充分にあり得ることである。するとどうして...
View Article多氏名簿
多氏(おお・うじ)はある意味、秦氏よりも謎の多い氏族である。どこから彼らが大和に来て、どうして大和で祭祀者として根付き、どうやって『古事記』を編纂することになったかということも、まだ充分にわかっていない。また、彼らの分派氏族がなぜ北関東や九州や信州などに拡大して行ったか、なぜ天武天皇の最重要な騎馬氏族となったかなど、史学では一向に明確にならないまま、ただ時が過ぎている。多氏といえばまず太安万侶(おお...
View Article古風土記 成立1300年
かつて史学では、風土記は「低い山」と言われていて、研究するものが少なかった。では「高い山」とは何かと言えば『万葉集』である。これは文学界でも同じで、風土記では教授になれないから万葉集をやりなさいと権威学者たちは学生に勧めてきたのである。しかし、それでは歴史は文学かということになってしまう。日本では歴史学を文学部に置く風習があるが、やればやるほど...
View Article天智天皇紀の虚構
『日本書記』天智天皇紀は虚構に満ちている。「これらは天智紀が基本的に政府にたくわえられた記録類をもとに執筆されたことを示すといえよう。」「(編集の)最終段階において推敲作業を怠らなければ、このような不体裁は避けられたはずである」(遠山美都男『天武天皇の企て』2014)遠山が指摘する「不体裁」とは、天智紀に数箇所見える記事の重複である。具体的にはまた別記するが、天智紀には実録と思える記事を、それとは異...
View Article天智天皇紀の虚構 『日本書記』は偽書である
天智天皇紀の虚構 あきらかな重複記事の事例 ●四年二月是月 「百済の国の官位の階級をかんがむ。なお、佐平(役職)の福信の功をもって鬼室集斯に小錦下を授けた。」 ●十年正月「小錦下を以て鬼室集斯(学職頭)に授けた。」 ●四年八月「城を長門国に築かしむ」 ●九年二月「又、長門城一つ、筑紫城を二つを築く」重複の上に杜撰な天智の任命 ●七年七月「栗前王を以て筑紫率に拝す」...
View Article王権転覆
この世界中に、かつて王権が一度も交代しなかった国家があるのだろうか?そういう素朴な疑問をあなたは持ったことはないだろうか?政権がひとつしかなく、それが2000年近くも一度も転覆も交代もしなかった国家・・・それは日本だけであろう(国家体制が整っていた国としては)。『日本書記』が言うのはまずもって天皇家は万世一系である、そういうイデオロギーだけであるので、交代劇がなかったように描かれているだけである。実...
View Article古代日本史は絵に描いた餅をひっぱって広げたもの
せいぜい7世紀までほどしかなかった記憶を用いて餅を描き、1000年以上分も思い切り引き伸ばしてこしらえたのが日本古代史であろう。だから、読んでいくとこれはどこかに似たような・・・という記事の繰り返しに気がつく。人物と名前が変わっただけで、同じことを何度も書いてある。年寄りの繰言か、アメリカ漫画のスプラッター技法のように。たとえば多氏。実在の名前は岐阜の多品治以降だけ。それ以前は地方国造が子孫だったと...
View Articleチェロキー族の早期帰順について
日本の古代史の隼人や蝦夷の帰順について、知っておくほうがいい事例として北米のチェロキー族のことは知っていたほうがいい。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%82%AD%E3%83%BCチェロキー族はネイティブアメリカン、つまりインディアンの中で最も早くキリスト教に同化し、自分たちが新参者のプロテスタントイギリス人たちに...
View Article壬申の乱戦場遺跡はない 初代天皇は持統 合言葉は金だった
●壬申の乱までのあらまし乙巳の変で蘇我氏本宗家を滅ぼした中大兄皇子はすぐには即位していない。即位したのは伯父の軽皇子(孝徳大王)であった。孝徳は、蘇我馬子らが形を作ったそれまでの倭国にはなかったグローバルな対外交易を簒奪するかっこうでこれを継承し、河内湖に突き出した上町台地に難波宮を構える(守屋を祭った荒墓の四天王寺もこの台地上にある。NHK敷地そば。谷町、平野区など懐かしい台地)。しかし中大兄はそ...
View Article天武紀の「大納言」
恥ずかしながらこの数日間、辞書にいれている「にほんしょき」表記が『日本書記』に、何者かによって「改変されていた」ことに気がつかずにいた。『日本書紀』である。申し訳ない。恥ずかしい。大納言(だいなごん)は、...
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