天武と劉邦 天智と項羽 赤色エレジー
天武と赤色、劉邦と赤色 (項羽の白、天智の白) 1 壬申の乱 秋七月庚寅朔辛卯、「其の衆の近江の師と別け難きを恐りて、赤色を以て衣の上に着く」 天武軍は近江軍と区別するために赤い衣を羽織った。 このいくさのときから染色集団の長であろう置(染)始菟が参加している。三重県津市(旧安濃郡)産品(うぶしな)に置染神社あり。このあたりの氏族だろうか?...
View Article[転載]藤原宮子
●藤原宮子から見た、文武天皇との関係 697(文武1)年8月20日 文武天皇の夫人となる。(文武天皇15才のときです) 701(大宝1)年、首皇子(後の聖武天皇)を出産。出産後首皇子と面会することは無し。 723(養老7)年、従二位。 724(神亀1)年2月4日、子の首が即位(聖武天皇)。 2月6日、 天皇は正一位藤原夫人(宮子)を大夫人と称する勅を発す。...
View Article史書が虚構ならではあなたは何を頼りに過去を知る?
史書が虚構であることにあなたはいま、ようやく気づきました。では、果たして、日本古代の真実とはどうやって探し当てればいいのか?それは土の中にあります。細胞の中にあります。気の遠くなるような発掘と分析が、すでにこの国の先人先達の人々によって発見されて、研究室には山積みされています。それらは古代人の原子だと言えます。原子からやり直すしかありません。それには何世代もの時間がかかることでしょう。つまり、古代史...
View Article白い雀 王 莽と蘇我氏
皇極元年(642)七月丙子「蘇我臣蝦夷がしとべ、白雀(しらすずめ)の子を獲(え)たり。是の日の同じ時に人有りて、白雀を以て籠(こ)に納れて蘇我大臣に送る」天武の時代には瑞祥は赤であるが、それは『日本書紀』では天武の一時期に限られ、常はほぼ白い動物が瑞祥とされている。ここで蘇我蝦夷には白い雀が瑞祥だったことになている。こうした瑞祥は要するにその人の政治が天意にかなっているという表現である。たとえば孝徳...
View Article古代皇統・皇后の形成原理 だまされない古代史
Q; 先生は古代の天皇制について皇統の形成原理があるとして提示されておられます。簡単にご説明ください。 A;あくまでも『日本書紀』の話ですが、仁徳以降の古代天皇には明確な三つの皇統論理が描かれています。簡単に申せば、 1 天皇や皇太子は20歳以上の成人が原則。この例外は前は応神、後ろは聖武・清和だけです。 2...
View Article水野祐王朝交替説から見えること
文献史学の偉大な先人・水野祐の王朝交替説は知らない人はいない斬新な説だった。あらましは、『日本書紀』皇統の中に和風諡号で「イリ」「ネコ」「ワケ」の三種類が大別でき、それぞれ別の王朝で、順じ豪族たちが交替して大王となってきたのであるという説である。もちろん別の王朝とは言っても、『日本書紀』イデオロギーでは日本の皇統は神武以来、天孫の子孫たちによる穏便な交替であり、易姓革命などはなかったという大前提から...
View Article2015年春福岡県遠賀川流域古墳一般公開案内
福岡の装飾古墳専門家・蕨手さんのブログから転載します。2015年春福岡県遠賀川流域古墳一般公開案内http://blog.livedoor.jp/warabite/archives/cat_10003824.html熊本県の公開予定http://www.kofunkan.pref.kumamoto.jp/info/福岡県の公開予定http://www.crossroadfukuoka.jp/jp/t...
View Article蘇我氏と八佾(やつら)の儛(まい) 禅定 草壁皇子は天智の私生児
『日本書紀』皇極元年是歳「蘇我大臣蝦夷、己が祖廟(おやのまつりや)を葛城の高宮に立てて、八佾の儛(やつらのまい)をす。遂に歌を作りて曰はく、 大和の 忍の広瀬を 渡らむと 足結手作り(あよひたづくり)...
View Articleあま 天・海 /邪馬台国などなかった
あま 海・天・空 海人・海士・海部・海女・白水郎・蜑 尼 亜麻 甘 雨 あまのはら(天空)⇔わたのはら(海原) もろこしにて月を見てよみける 安 倍 仲 麿 あまの原ふりさけみれば かすがなるみかさの山にいでし月かも 間人宿祢大浦の初月の歌二首 289 天原 振離見者 白真弓 張而懸有 夜路者将吉 あまのはら ふりさけみれば しらまゆみ はりてかけたり...
View Article[転載]アレクサンダーと神武・奇妙な一致
※これは決して興味本位な内容ではありません。日本の神話に反映された西洋の伝説を誰が持ち込んだかの分析です。西欧の伝承としては聖徳太子伝説にキリストの聖書伝承がどうやらいくらか紛れ込んでいる可能性が高い。すると神武やツヌガアラシトなどの説話にアレクサンダーの伝説が紛れ込んだ可能性は捨てられないことに気がつく。下はその対応一覧表である。あまりにも似ていることに気がつく。アレクサンダー大王は4世紀の実在人...
View Article[転載]今月の気になった考古学ニュース・神武とニギハヤヒに関与するか?
神楽で霊慰める 高鍋・持田古墳群で厳粛に神事宮崎日日新聞 11月5日(火)12時12分配信 高鍋神楽を奉納するなど、厳粛に神事が行われた古墳祭 大小85基が点在する国指定史跡・持田古墳群に眠る古代人の霊を慰めようと、高鍋町古墳を守る会(山本隆俊会長)は、山の神塚前で古墳祭をこのほど開いた。満開のコスモスを背景に、厳粛な神事が執り行われた。...
View Article神武東征記事の前にこれらを
この記事の前に過去記事を二つ転載してあります。そちらを読んでおいてください。また以下の過去記事もお読みください。心構えをしていただくためです。セルクナム(オナ)族...
View Article神武天皇はアレクサンダー大王から作られた/日本神話の虚構と構造
神武天皇 諡号 神倭伊波礼琵古命 かんやまと・いわれひこ・の・みこと 始馭天下之天皇 はつくにしらす・すめらみこと 生前名 若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、狹野尊(さの(ぬ)のみこと)、彦火火出見(ひこほほでみ)出身地 不明 渡来地 北西九州...
View Article地名「ひそ」と天武の吉野比曽寺と地名と水銀
『日本書紀』分析していた中で気になった地名がある。 奈良県吉野郡大淀町比曾(ひそ)である。天武天皇吉野隠棲の際、比曽寺に立ち寄っている。地名ひそ比曽樋曽ヒソ桧曽根ヒソネひそと言えば砒素であるが、もちろん当時、水銀の有毒成分である砒素という名前が知られていたかどうかはかなり難しいだろう。吉野はしかし水銀関連地名なのである。よく知られている話は、神武東征で吉野の国巣(国樔...
View Article欠史八代(けっしはちだい)・聖徳太子・煬帝 国家の立場から
書き忘れ。欠史八代(けっしはちだい、かつては闕史八代または缺史八代とも書いた)綏靖天皇 - 神渟名川耳天皇(かむぬなかわみみのすめらみこと)安寧天皇 - 磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまてみのすめらみこと)懿徳天皇 - 大日本彦耜友天皇(おおやまとひこすきとものすめらみこと)孝昭天皇 - 観松彦香殖稲天皇(みまつひこかえしねのすめらみこと)孝安天皇 -...
View Article持統女帝の陰謀 和歌から見えるすべての謎 豪華おまけつき
当ブログ「大内陵墓盗人の記録「明月記」「実身+弓(さねみ)卿記」1」より なぜ持統女帝の遺灰は盗掘時打ち捨てられたのか?再論天武棺と持統遺灰銀容器 飛鳥大内陵■持統の遺灰は捨てられた!藤原定家「明月記...
View Article天孫降臨の地はどこだったか 神武東征と応神・ヤマトタケル東征の謎
天孫降臨の地として記紀は筑紫の日向の高千穂のくしふる峰と書く。その場所については諸説あり、九州王朝説は福岡県の日向峠をそれに当てる。しかしここは「ひゅうが」でも「ひむか」でもなく「ひなた」峠と呼ばれている。日向峠 ひなた・とうげ 宇土庚申神社http://sora07.exblog.jp/22265688 福岡県糸島市(旧前原市)高祖 「宇土神社...
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