コルカタ・インド博物館 欄楯(らんじゅん)
コルカタ・インド博物館 欄楯(らんじゅん) 「らんじゅん」とは日本の座敷の欄間彫刻のようにレリーフをほどこした垣根。仏教寺院のストゥーパ(仏塔)の周囲に張り巡らせた垣根のこと。画像はコルカタ(かつてカルカッタと)の欄楯にある本生譚(ジャーカタ)をレリーフに彫ったもの。ジャータカ 本生譚(ほんじょうたん) 本生説話...
View Article越えなければならないもの 民族の壁
歴史を知るために、ぼくたちが越えなければならない大きな壁がある。https://youtu.be/XquKlpYWPnUhttps://youtu.be/W6mI1xcfRtw?list=PL6Eo3XrDMBaEtuAu-JYHdmPL8H-NTqzQR客観でありながら、同時に主観を愛することである。両極を同じ次元で見ようとする努力と発想である。未開をむしろ知恵として理解する気持ちである。http...
View Article秀吉の職能民優遇の裏側の歴史
昨夜はBS・TBSで「秀吉の巨石切り出し実験」番組があって、それから寝ようとしたら面白いのが続き(ブラタモリ金沢など)、最後は延々と大英博物館のエジプトミイラの話が始まってしまい、朝五時半から起きて、もう眠くてしょうがないのに、観てしまった。で、今朝は6時に目覚めて昨夜読んだ本が気になってもう・・・秀吉が城を築くために近江の穴太(あのう)衆とか黒鍬(くろくわ)組とかをいくさに常時連れていったことは、...
View Article聖武と光明子・光明皇后の策謀 聖徳太子夢殿幽閉
参考文献 河内祥輔『古代政治史における天皇制の論理』増訂版 吉川弘文館 2014より聖武天皇といえば大仏建立であるが、皇位継承の特筆すべき改革秘話の持ち主でもある。それまで、記紀の記事から想定できる皇位継承条件には、1 天皇は死ぬまで皇位にある2 禅定はしないで、死んだら交替3 そのときまでに立太子させておくが、その年齢は成人乃至はそこそこの年齢4...
View Article豊田トンド山古墳巨大石室と物部太媛とそして道鏡事件 おまけは京都大内裏裏話と河勝登場の裏
「天理市の石上(いそのかみ)・豊田(とよだ)古墳群の南西端で、直径約30メートル規模の7世紀前半ごろの円墳とみられる古墳と大型の横穴式石室が見つかり27日、同市教委が発表した。...
View Article武内宿禰と山下影姫 伽耶王とアカル姫を反映か? 紀伊の大本は佐賀県
なにはともあれランクリを!! 武内宿禰{紀}(たけしうちの・すくね 建内宿禰{記}) 「彦太忍信(ひこ・ふつ・おし)命が木の国造(紀氏・倭国造・大倭氏の祖)の祖である珍彦(うづひこ・椎根津彦=倭直・倭国造・大倭氏の祖)の妹、山下影姫(やまと・かげ・ひめ)を娶って生まれた子供は建内宿禰」...
View Article基肄・紀伊・城井 音韻なんか意味がない
音韻から地名を見分けようと言う論説の代表を貼り付けよう。《続・「真説古代史」拾遺篇》(118) 「倭人伝」中の倭語の読み方(61)「21国」の比定:(27)支惟国(その二) 「支惟国」の候補地として上がっている比定地のうち、「吉備国」は私の立場からは除外することになる。その地域には既に「好古都国」「鬼国」「鬼奴国」を比定している。...
View Article防備録「うづ」「うず」「うずまさ」「うづひこ」
昨日の記事・山下影姫のところで「宇豆比古」の系譜を書いた。これを「うずひこ」と音訓表記するのか「うづひこ」と表記するのか意見は分かれるところだろうが、どっちでもいいような扱いになっている気がする。「うず」か「うづ」かである。結論で言えばどっちでもいいみたいである。というよりも「うず」では困ることもある。日本語の音訓は、例外的に、規則どおりでない単語がけっこうある。例えば、「つづみ」は「筒状の太鼓」で...
View Article賀茂氏 秦氏 氏族つかまえかたの基本
氏族は交わる。賀茂氏、鴨氏が、どういう移動をして山背に入り、そこで誰とまじわったかについて、中村修也は、従来史学で葛城鴨という氏族と、山背賀茂氏や加茂氏に、つながりがなかったという考え方に「疑念」を持っている。筆者もそうである。鴨氏の伝承は「葛城磐余にニニギ子孫とともに入り、やがて山背の二つの川の合流する「石川の清流」に移り、そこは聖なる二股の地であったが、ごろた石の転がるところ」などという記録にな...
View Article春日から和邇、額田部、赤でつながる氏族のこと 鴨氏のことと京都市久我
●全国春日地名一覧市町村福岡県春日市 兵庫県氷上郡春日町、現丹波市。 熊本県飽託郡春日町、現熊本市。 春日町 (曖昧さ回避)も参照のことその他地名 春日町 (曖昧さ回避)も参照のこと 茨城県つくば市にある地名 → 春日 (つくば市) 東京都文京区にある地名 → 春日 (文京区) 岐阜県揖斐川町にある地名→春日村 (岐阜県) 奈良県奈良市にある地名 → 春日・春日山・春日野 (奈良市)藤原氏本拠地...
View Articleひょんなことから九州王朝説
今日、奇妙な出会いがあった。最初はネット上にあった「宮地嶽神社古墳の被葬者は宗像君ではなく、「藤」という氏の人だ」という記事からである。宗像君徳善は天武朝の外戚関係を持った人である。史学では宮地嶽神社古墳の被葬者は徳善であり、筆者もそういうことを何度もここに書いてきた。それを否定している意見と出会ったのだ。そこで、まずは早速、宮地嶽神社に電話してみた。「調べます」ということで、待っていると、ちゃんと...
View Article曹操墓に諸問題? 頭骨顔面踏み潰しの謎と商業主義えせ考古学問題
これまで日本でも何回か再放映された中国魏武王墓の発掘情報。昨日、先月も再放送があったから、見られた方も多かろう。吉川浩次が訪問。その王墓について、中国考古ファンのあいだで、いくつかの疑問が指摘されている。「曹操の墓」に4つの疑惑、石碑の「魏武王」の文字に疑問http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0106&f=national_01...
View Article通史とは?
あくまでも筆者の個人的意見だが・・・。通史とは、分化されて分析される現代科学の各論ととりまとめて、それらをも客観的に俯瞰し、古代史・中世史・近現代史を通して見えてくる一貫した、その国民なり、あるいはひいては全人類の歴史的生き方、人生観、行動学から眺めようとする考え方である。歴史は、人間がいかに大自然と闘い、そこから何を得て、それが結果的には信仰や宗教を生んでいくという、はるかな視点である。だからそこ...
View Article記録・神社神名は史上何度も書き換えられた
8世紀以降、『日本書紀』書き換えがあったと考え得る時代1 藤橘抗争の期間2 南北二朝並立時代3 その他神社・廟の神の名に書き換えがあった考え得る時代1 縄文~弥生の間2 弥生~古墳の間3 倭五王政権奪取時代4 継体時代5 欽明時代6 蘇我氏時代7 天智~天武時代8 持統時代以後9...
View Article今月の愛読書と最新考古学古代史観
今月図書館で借りてきた愛読書松木武彦監修『楽しい古墳案内書』2014山岸良二『日曜日の考古学』2013片山一道『海のモンゴロイド』2002 再読伊藤清司・慶応大学・古代中国研究会『中国の神獣・悪鬼たち 山海経の世界』増補改訂版 2013和田晴吾『古墳時代の葬制と他界観』2014 再読中田興吉『倭政権の構造』王権編・支配構造編上巻 2014古田史学の会編『「九州年号の研究』2012...
View Article島歌 奄美と差別 そして環太平洋モンゴロイド半球
まずは聞くなら本物を朝崎郁恵 あはがりhttps://youtu.be/RxiTGypwjYk以下引用文 島唄、シマ唄(しまうた)は、奄美群島で歌われる民謡である。...
View Article四隅突出型墳丘墓は日本海だけではない 福島県喜多方市
これまで四隅突出型墳丘墓と言えば、2世紀の弥生墳丘墓群の中では、日本海沿岸を出雲から富山まで広がり消えたとか、日本海西部沿岸地域に特徴的な墓制だとされてきた。ところが内陸部の福島県喜多方市で二基の四隅突出型墳丘墓が確認された。■四隅突出型型墳丘墓一覧 所在地 旧国 遺跡名 規模(m) 時期 備考 1 広島県三次市南畑敷町 備後 宗祐池西1号 10×5 IV期 2...
View Article[転載]〆はこの曲/The Beatles - Across The Universe
The Beatles - Across The Universe https://youtu.be/PN9n1bAahg4ACROSS THE UNIVERSE作詞J.LENNON/P.McCARTNEY 作曲J.LENNON/P.McCARTNEY唄THE BEATLESWords are flowing out like endless rain into a paper...
View Article天文遁甲で倭人が選ぶ首都最適地
弥生人は大陸からやってきた。1 大陸には大地震や台風などの災害が少なく、当然、弥生人は気象、地殻変動に敏感である。つまり先住者よりも怖がる。天候が安定し、地震や火山のない場所に住みたい。(3・11大地震のとき中国人が日本から逃げ出したことを思い出せ)2 海を越えてやってくる外敵からも離れたい。3 水耕栽培のために河川があり広い平野や低湿地が欲しい4...
View Article常識は覆る 縄文社会も階級や身分があった
1 縄文人にも身分や階級はあった■縄文時代は、現在の私たちが想像する以上にとても豊かな社会でした。そして「平等な社会」だったと考えられています。平等という言葉にはいろいろな意味があるのですが、ここでは次のふたつのことを意味します。①貧富の差がなかった②身分の差がなかった ■「貧富の差」というのは、分かりやすく言えば、「お金もちとそうでない人の差がなかった」ということです。...
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