風の世界史
http://youtu.be/4x5KWaQcSgA 出展サイトhttp://ccsr.aori.u-tokyo.ac.jp/~sumi/factors/il.html 太古から、風は世界の人類を動かしてきた。参考 宮崎正勝『風が変えた世界史 モンスーン・偏西風・砂漠』2011...
View Article風の世界史2/PM2.5の飛来予測
最近、ニュースでよく耳にするPM2.5ですが、わかりやすく言うと、 「大気中に浮遊する直径2.5μm(マイクロメートル)以下の微粒子状の物質」 物質の種類は関係なく、2.5μm以下の大きさの物質を全てPM2.5と言います。 ※マイクロメートルとは、1ミリの1/1000の大きさ=0.001mmです。 PM2.5の大きさ直径2.5μmといっても、具体的にどれくらいの大きさかは、...
View Article呉鏡を枕元に置く倭人たち/椿井・黒塚・石塚山の王は呉を重視した
三角縁神獣鏡が大量に出た古墳と言えば、まず奈良県の黒塚の33枚、京都南部の椿井大塚山の32枚、兵庫県の枚、福岡県の石塚古墳などがあげられる。 その神獣鏡は呉の絵柄を持った鏡ではあるが、こと三角縁という目で見ると、どれもが全部、棺の外側にまとめて置かれたということをご存知だろうか? ではそれぞれの棺内部に一枚だけおかれていたのが、まずは全部呉の鏡であったことは?...
View Article呉様式画文帯神獣鏡が卑弥呼の鏡である
まずは押しちょくれ↓ http://blog.with2.net/in.php?686171 ■画文帯神獣鏡は卑弥呼の鏡画文帯神獣鏡 -...
View Article新三国時代・台湾大乱・代替エネルギーを手中にすれば勝利
三国志時代の到来である。現代。 魏志の倭国大乱のいい類似サンプルになるのが台湾政府の親中政策への民間の反発ではないだろうか。 魏・呉・蜀に当たるのが欧米・中・露。今、中露が急速に近寄り始めている。かつての東側二大勢力。一方、西側、欧米日韓は経済的に衰えを見せ始めてきた。眠れる東側がにわかに勢力を溜め込んで復活。 決め手は新エネルギーとレアメタル。これを手中にした方が勝つ。...
View Article風にまつわる知っておいて損ではない情報・勝敗は風で決まった
これは日本の原発の分布図 これは毎日の風向きを気象庁が発表しているサイトhttp://www.tenki.jp/amedas/wind.html 例えば筆者の住む九州・瀬戸内地区の今日の風向はこう。 原発をここに置いてみよう。 もちろん風は日々刻々と向きを変える。強さも変わる。季節によっても変わる。だから気象庁風向情報を「お気に入り」などに入れておこう。 こういうサイトもある。...
View Article竹の歴史学・その不確定な北方伝播
春の味覚タケノコをKawakatuが調理http://blogs.yahoo.co.jp/hgnicolboy/12716722.html...
View Articleリリパッド症候群・小保方問題の捏造と責任回避と無監視の恐怖
引用文「ピーターパン症候群」 「昔、当世でこんな言葉が流行ったのをご存知だろうか? 「ピーターパンシンドローム」 なかなか大人になれない・・・・いつまでも子供のままでいたい・・・・そんな男子を指して言っていたような言葉だったが、明日は成人式・・・・年々成人としての人口が減りつつあるこの日本!...
View Article敗者の古代史/吉備下道臣と星川皇子の乱
吉備氏の乱(きびしのらん)は、雄略天皇7年(ユリウス暦463年)に吉備上道臣田狭(吉備田狭)が新羅と結託して朝廷に起こした反乱である。 吉備田狭が朝廷で妻の稚媛を自慢している事を聞いた雄略天皇が、吉備田狭が任那に出兵している間に稚媛を奪ったためだと日本書紀に記載されている。...
View Article藤ノ木古墳被葬者は崇峻天皇(改葬墓)・蜂子皇子の流離
敗者の考古学・崇峻の墓は? 『日本書記』崇峻記には、蘇我馬子によって暗殺されたのちに「倉梯岡陵(くらはしのおかのみささぎ)に葬るとしか書かれていない。『古事記』は崇峻が暗殺されたことすら書いていない。記録に該当するのは、 赤坂天王山古墳 桜井市倉橋字 赤坂 崇峻天皇「倉梯岡の陵」に該当である。1辺約...
View Article土井ヶ浜人の白人形質 山東省臨し遺跡の白人 スキタイの道と長江文明人の船旅と日本人の道
「2000年に東京大学の植田信太郎、国立遺伝学研究所の斎藤成也、中国科学院遺伝研究所の王瀝らは、約2500年前、2000年前の臨?遺跡から出土した人骨、及び現代の臨?住民から得た遺伝子(ミトコンドリアDNA)の比較研究の結果を発表した。それによると、約2500年前の春秋戦国時代の臨?住民の遺伝子は現代ヨーロッパ人の遺伝子と、約2000年前の前漢末の臨?(りんし)住民の遺伝子は現代の中央アジアの人々の...
View Article息長は「シナ」と読む
■オシサカとシナガとオキナガ・長い風 「忍坂には天智天皇・天武天皇ら父の息長足広額天皇(舒明天皇)の墳墓とされる古墳がある。 すなわち息長氏の大和での拠点のひとつであった。 西側に神武天皇伝説の鳥見霊畤の候補の一つである鳥見山があり、その東が安倍であり、神功皇后の磐余宮の伝承もある地である。...
View Articleミャオの太陽伝説・その1
「かつて太陽と月がひとりの戦士に弓矢で射られた。日月は恐れをなして姿をくらまし、世界は闇に閉ざされた。人々は日月を連れ戻そうと相談。「誰の声がこの世界に響き渡り、太陽を呼び戻せるだろう?誰の声が大きくて、月を呼び返せることだろう?」するとある者がこう言った。「雄鶏(おんどり)の声がよく響き渡るので太陽は戻ることだろう。さすれば月も一緒に戻ってくるだろう」そこで人々は雄鶏を鳴かせてみた。四、五回雄鶏が...
View Article